第60回 兵庫県実食編 ソースと出し汁、びちゃまみれ

特別編集委員 野瀬泰申


 おまたせしました。やっと兵庫県実食編が登場です。春、いかなごの釘煮とともに盛り上がりを見せた兵庫県B級グルメですが、いつの間にか季節は夏になってしまいました。
 今回は兵庫県編(その3)でマダコさんが問題提起され、VOTEでも「たこ焼き(大阪)→たこ焼き+出し(長田)→玉子焼き(明石)→玉子焼き+ソース(姫路)」の境界線発掘をとご要望があった件、つまり、大阪のソースをかけたたこ焼きがどのような道筋で出しと出合い、玉子焼きとなり、再びソースとめぐり合うのか…。そこに焦点を絞って、実際にたどってみることにしました。
 番外編では、野瀬が出演、8月に放送されるラジオ番組について一芸クンがリポートします。合わせてご覧ください。

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(「食べB」へ初めて訪れた方は「食べB入門編」をご覧下さい食についてのメール投稿先はこちら


夢に終わった播州ラーメン
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夢に終わった播州ラーメン

 2011年7月16日、私とデスクは姫路駅で落ち合った。兵庫実食編取材は姫路からスタートする。

 皆さんからのVOTEで食べるものの優先順位が決まり、デスクが地図と時刻表をにらみながらスケジュールを立てようとしたのだがうまくいかない。

「尼ちゃん(尼崎ちゃんぽん)と神戸街中中華はなんとかこなせそうなんですけど、玉子(明石)焼きにソースをかける、かけないの境界線探しは相当難しそうです」

「播州ラーメンは夢?」

「夢ですね。列車の本数がなくて」

姫路駅前で集合
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姫路駅前で集合

「じゃあ、こうしよう。デスクは尼崎で前泊、私は神戸で前泊する。デスクは尼ちゃんを食べ、私は神戸で中華を食べる。翌朝、姫路で合流して東に向かいながら玉子焼き・ソース問題に絞って取材しよう」

「ラジャー」

 ということになったのである。

 そして今回の取材には途中から日本コナモン協会会長の熊谷真菜さんと、大阪の豊下製菓の豊下さんが協力してくれることになった。豪華キャストである。

姫路の「タコピア」
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姫路の「タコピア」

 姫路駅で合流した私とデスクは、駅と道を挟んで立つビルに向かった。ここには駅が改修される前、駅ビルに入っていた「タコピア」という店が移ってきている。かつて駅ビル時代の店に行って、玉子焼きにべちゃべちゃとソースを塗る人々に衝撃を受けたものである。再確認のために再訪した。

 午前10時の開店直後に訪れると、すでに10人ほどの先客がいた。リタイアして時間が自由な人だろうか、朝も早よから玉子焼きをつまみに缶ビールをグビグビやっている。その隣にもビール片手のおじさん。

タコピアの明石焼風たこ焼
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タコピアの明石焼風たこ焼

 デスクが1人前を注文した。やがて順番が来て、物件がテーブルに到着する。半分にソースを塗って出し汁につけて食べる。卓上のソースは極めて粘性が高く、出し汁につけても容易に溶けないから出し汁とソースが別々に味わえる。

 周囲の客も全員がソースを塗っている。持ち帰りの注文があると出し汁をビニール袋に入れ、箱に並べた玉子焼きにはソースを塗って渡す。つまりソースを塗るのがスタンダードな食べ方であることを示している。

 などと観察していた私は、これまで重大なポイントを見落としていたことに気付いた。カウンターの上の看板には「明石焼風 たこ焼」と書いてあるではないか。これは玉子(明石)焼きではなく、たこ焼きなのであった。しかも食感、外観からして生地に卵を加えている。だから「明石焼風」なのである。

「たこ焼」なのであった!
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「たこ焼」なのであった!

 つまり玉子焼きとたこ焼きの中間形態。両者が合体している。

 であるから出し汁につけても、ソースを塗ってもよいのである。いや半分玉子焼きだから出し汁が必須であり、半分たこ焼きなのでソースを必要とするのであった。

 どこから玉子焼きにソースを塗るかという問題ではなく、玉子焼きとたこ焼きそれぞれを構成する要素の融合というテーマが立ち現れた。これは難題である。

 そんなことを考えつつ私は玉子焼きの本場明石に、デスクは山陽電車の東二見駅に向かった。時間が限られているので分担取材する。

 明石駅で熊谷さんと合流。そして向かったのは市場を思わせる商店街「魚の棚」にある「よこ井」という店であった。

「よこ井」の玉子焼き
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「よこ井」の玉子焼き

 熊谷さんと経営者の横井孝子さんは旧知の仲。熊谷さんの話を聞こう。

「明石の樽屋町に戦前から有名だった向井清太郎さんという玉子焼き名人の屋台があったんです。向井さんは亡くなりましたが、その当時の焼き方を伝えているのが横井さん。そしてここの出し汁は冷たいんですよ」

 熊谷さんの著書「たこやき」にその話が出てくる。向井さんは大正8(1919)年から昭和38(1963)年まで玉子焼きを商っていた。玉子焼き自体は明治の半ばごろにはすでにあったことが確認されているが、いまも年配の人が思い出す最古の玉子焼きが向井流ということらしい。

冷やした出し汁でいただく
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冷やした出し汁でいただく

 横井さんが向井流の玉子焼きをこしらえてくれた。材料は小麦粉と浮き粉(グルテン)、出し。卵は1人前10個に対して1個だけ。今風のものには2個入れるから、もともとはそれほど卵の味がしなかったのかもしれない。

 と思って食べてみると、向井流の玉子焼きはつるんつるんとして、もの凄くクリーミーであった。そして十分に卵の味わいがある。

 冷たく冷やした出し汁は、ほんのり昆布の風味がするものの、吸い物のようなものではない。横井さんが言う。

「お出しはほとんど味がしないでしょ? 熱い玉子焼きを冷やすのが目的ですから、本当は水でもいいんです」

明石焼とタコ焼の違い
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明石焼とタコ焼の違い

 熊谷さんが補足してくれた言葉にメモの手が止まった。

「玉子焼きは元々屋台で出したものなので、すだれのようなものに並べて1個2個と売っていました。もちろん出し汁はありませんでした。熱い出し汁を添えるようになったのは店で売るようになってから。昭和38(1963)年ごろの神戸・元町の店が最初です」

 つまり、熱い出し汁というのは戦後になって新たに玉子焼きに加わった「要素」なのである。

 実は「よこ井」に向かう途中、駅前の路地である店を見ていた。それはたこ焼きと玉子焼きの両方を売る店であった。テーブルには当然、たこ焼きに塗るソースがある。ということはそのソースを玉子焼きに塗る客がいてもおかしくない。店の女性に聞くと「玉子焼きにソースを塗るお客さんは結構いますよ」ということである。

ソース、ありました
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ソース、ありました

 私たちは兵庫県編の本編の中で「玉子焼きにソースは西明石以西ではないか」と考えていた。というよりその推論を検証する材料を持っていなかった。しかし明石駅前で簡単に「玉子焼きにソース」の店に遭遇し、推論はあっけなく覆ったのである。

 ここではたこ焼きと玉子焼き、あるいはお好み焼きと玉子焼きの両方を出す店では、玉子焼きにソースという要素が加わりやすいことがわかる。

 それではデスク。東二見駅の店はどうだった?

特上玉子焼き、530円
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特上玉子焼き、530円

デスク 僕がお邪魔したのは「てんしん」というお店です。玉子(明石)焼きにソースをかける、かけないの境界線を知りたくて、明石と姫路の間にあるたこ焼き、お好み焼き屋さんをネットで片っ端から調べていったのですが「にくてん」を出すお店こそあるものの、明石より西では姫路まで明石焼きあるいは玉子焼きではこれといったお店が見つかりませんでした。そんな中で発見したのが、明石市の西方、播磨町のすぐ近くにある東二見の「てんしん」でした。

 図らずもこのお店、明石焼きでまちおこしに取り組む「あかし玉子焼ひろめ隊」古志隊長の実家だったのです。古志隊長のお母さんにいろいろとお話をうかがいました。

てんしんの玉子焼き
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てんしんの玉子焼き

「玉子焼きは本来出し汁で食べるもので、できればそうやって食べてほしいと思っている。しかし、大阪のたこ焼きの影響があり、お客様からソースをかけて食べたいという要望が増え、店としてもソースを常備するようになった。そうした流れの中でソース+出し汁という食べ方もできてきた」とのことでした。

 僕は「特上玉子焼き」という通常の玉子焼きの倍の量の卵が入った玉子焼きを食べたのですが、ほとんどだし巻き玉子に近い感覚でした。目玉焼きにソースはかけても出し巻き玉子にソースをかけることはありませんから、僕の感覚的には、特に「特上(といっても価格差は30円ですが)」はだし汁だけで食べるのをおすすめしたいです。

真正のたこ焼きに出し汁
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真正のたこ焼きに出し汁

 私と熊谷さんは、明石からJRに乗って神戸・三宮の2駅手前の兵庫駅に向かった。この駅前の「こなもん屋」という店で豊下さん、デスクと合流する。ここはたこ焼き専門店である。にもかかわらず、出し汁入りもある。

 深い器に熱い出し汁が張ってあり、その中にたこ焼きを放り込んで食べる。そのままでもよし。ソースを塗ってもよし。

 要するに「明石焼風」とかではなく、真正のたこ焼きに出し汁という要素がストレートに加わったのである。

 豊下さんは事前に加古川の取材をしてくれていた。

兵庫で顔を合わせる3巨頭
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兵庫で顔を合わせる3巨頭

「加古川は(玉子焼きとたこ焼きの)空白地帯です。店は2、3軒しか確認できませんでした。もっぱら『にくてん』と『かつめし』ですね、あの辺は」

 明石と姫路の間に丸いコナモンの空白地帯が存在するというのは驚きであった。またしても予想が裏切られた。

 ここで熊谷さんが所用のために京都に行き、残った3人で大阪に出た。豊下さんの案内で西成区の花園本通り商店街にある「一富久」というたこ焼きの店に入る。カウンターに並んで、豊下さんの言うがままにたこ焼きを食べる。つまり本場大阪のたこ焼き道を指南してもらうのである。

プレーンからすまし汁まで
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プレーンからすまし汁まで

 たこ焼きをプレーンで。たこ焼きにネギをのせて。それにマヨをかけて。ポン酢で。そして「すまし汁」で。すまし汁は冬場のメニューだが特別にこしらえてもらった。三つ葉が浮かんだ出し汁にたこ焼きを入れて食べる。そこに紅ショウガを足すと、味が劇的に変化する。要素の多様化である。

 もうこうなると「何でもありだな」という気になってくる。そう。たこ焼きも玉子焼きも何でもありなのである。

 何でもありついでに豊下さんに導かれて阿倍野駅に近い「まんま」という玉子焼き専門店で「まんま」というメニューを食べた。十穀米の炊きこみご飯に玉子焼きをのせて、さらに出し汁をかけたものである。とうとう玉子焼きにご飯という要素が加わって、玉子焼きがおかずになってしまった。

まんま
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まんま

 デスク、「まんま」を食べた感想は?

デスク ひとことでいって「玉子焼き茶漬け」ですね。大阪の「ダブル炭水化物文化」ここに極まれり、という感じです。ただ、たこ焼きではなく玉子焼きというのがミソです。たっぷりと玉子を使った玉子焼きだからこそ、だし汁によく合う玉子焼きだからこそ、この組み合わせが成り立っているのです。

 関東の人間としては、ここに至って明確に「たこ焼き=小麦粉が主」と「玉子焼き=卵が主」の違いを認識した、という気持ちです。

酒のつまみまでたこ焼き
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酒のつまみまでたこ焼き

 阿倍野駅前の新しいビルをのぞくと「たこ焼き酒場」というのがあった。たこ焼きは酒の肴である。本日のおすすめは「まろやかソース、ねぎ塩だれ、だしわさび 各2個ずつ計6個 350円」である。新しい要素がどんどん増えている。

 豊下さんはここで仕事のために会社に戻り、私とデスクは尼崎に行った。本当は神戸・元町辺りに宿を取りたかったのだが3連休の初日のせいで空室なし。ではと、尼崎泊まりにした。

 昼間のコナモン責めのために胃袋に変調をきたしたデスクは、鯨飲馬食のうち馬食を捨てて鯨飲に徹した。飲みながら前日の尼ちゃんの話を聞く。

デスク 今回お邪魔したのは、阪神尼崎駅近くの「天遊」というお店です。兵庫県編でミルフォードさんが報告されていたように、尼崎ちゃんぽん=尼ちゃんは、アタマに「尼崎」と付くように、いわゆる長崎チャンポンとは異質の麺料理です。

尼崎ちゃんぽん
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尼崎ちゃんぽん

 炒めた野菜などの具に出しを注ぎ、醤油で味を整え、さらに片栗粉で粘りをつけて中華麺にかけまわす、いわば醤油あんかけラーメンです。ご主人によれば「酸辣湯麺から酸と辣を引いたものと思ってくれるとわかりやすい」そうです。

 尼崎ではこの醤油あんかけラーメンこそがちゃんぽんであり、街の中華料理店で「ちゃんぽんいっちょう」と頼めば、これが出てくるのだそうです。天遊でも、テレビの取材で「尼崎以外ではこれをチャンポンとはいわない」と指摘され、その場で初めてメニューの「ちゃんぽん」の前に「尼崎」の2文字を書き入れたそうです。

「天遊」の長崎ちゃんぽん
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「天遊」の長崎ちゃんぽん

「天遊」では「長崎ちゃんぽん」も提供しています。参考のために作っていただいたのですが、麺も太いちゃんぽん麺、白濁とんこつスープで、僕らが思い浮かべるごく一般的なちゃんぽんです。しかしこれはあくまで「長崎ちゃんぽん」であり「ちゃんぽん」といえば、醤油あんかけラーメンの方なのだそうです。

 尼崎では、元々大衆中華料理店のメニューにラーメンはなく、スープ麺といえば、五目そばやこの尼崎ちゃんぽんが一般的だったとのこと。全国的にラーメン専門店や長崎ちゃんぽんのチェーンが広がっていく中で、やっとこのちゃんぽんが尼崎ならではのちゃんぽんであると認識されるようになったそうです。

「尼崎」が追記された「天遊」のメニュー
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「尼崎」が追記された「天遊」のメニュー

 天遊さん、11月に開催予定のB−1グランプリin姫路で、メイン会場に隣接する地元料理コーナーにこの尼崎ちゃんぽんを出すとのこと。気さくな、話の楽しいご主人ですので、当日はぜひ顔を出して「尼ちゃん」も食べてきたいと思います。

 翌朝、馬食の方をやや取り戻したデスクと神戸に繰り込んだ。街中中華を食べるのが目的だったが、その模様は「たべたび」の方に書く。

 初めて神戸に来たというデスクは「少し歩きます」と居残りを決め、私は1人で新神戸から東京に戻ることにした。

 新幹線を待つ間、駅の中の店をながめていて、こんな食品サンプルに遭遇した。

蛸玉
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蛸玉

「蛸玉」

 これも名前からするとたこ焼きと玉子焼きの中間形態であろうか。最初から出し汁に入っていて青ネギが添えられている。そこには「ソース又は出汁又は神戸風」とある。

「神戸風」というのはひょっとして姫路「タコピア」のようにソースを塗って出し汁にひたすやつか? いつから神戸風になったかしらないが、あの一帯では玉子焼きとたこ焼きという食べ物そのものの境界が薄れつつある。わけわからん。

 後日、豊下さんから、次のような感想を記したメールをいただいた。

加古川のたこ焼き屋(豊下さん提供)
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加古川のたこ焼き屋(豊下さん提供)

 昭和20年代後半から、持ち帰り中心の大阪のたこ焼きと、店で供するタイプの明石の玉子焼きが前後して生まれ、それが家庭食として定着したのが何でもありの神戸のたこ焼きなのかと。

 外食そのものが希な農村地帯であった加古川に、たこ焼き屋がないのも、それならうなづけます。

 あえて境界を設けるなら、摂津と播磨の境目がそれにあたるのかも知れません。

 そんな事を考えました。

 いろいろなことを考えさせてくれる取材であった。

 愛媛県編がもう1回残っている。引き続き愛媛県メールをどうぞ。


(特別編集委員 野瀬泰申)



 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2011年7月29日


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