第245回 東京都編「私の上り列車」(その1) トンカツにカラシをつけますか?

特別編集委員 野瀬泰申


東京都

 全国46道府県を経て、いよいよ食べBもこれで最後、東京都です。
 事前にお知らせしたとおり、東京はもちろんのこと、ふるさとを離れてからの異文化体験をお寄せいただきました。野瀬の上京体験も交えてご紹介して行きます。
 今週のおかわりは、12月19日までの期間限定でオープンした、東京・丸の内の千葉県アンテナショップをデスクがご紹介します
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上り列車の終着は東京駅
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上り列車の終着は東京駅

 和歌山県実食の旅を終え、いよいよ東京編を残すばかりになった。すでにお知らせしたように東京編は通常のスタイルではなく、皆さんの上り列車、あるいは下り列車の物語を特集する。

 この連載もゴールが見えてきた。競走ならラストスパートをかけるべきだろうが、むしろスピードを落とし、余裕を持って回りの風景を眺め、ときどき振り返り、勝者も敗者もない旅を緩やかに終わりたいと思う。

 最初に紹介するのは、初めて東京の土を踏んで私と全く同じ感想を抱いた同郷人からのもの。

【DM@舞鶴さん】

東京ラーメンにナルトは不可欠?
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東京ラーメンにナルトは不可欠?

 たまたまネットで食べ物日本奇行を見つけて、この3ヶ月ずっと読んできました。まだまだ食べBの半ばまでしか読んでいませんが、ふと最新版を見てみればまもなく終了とのこと。10年前に見つけたかったな、としみじみしてます。
 で、自分も昭和30年生まれの福岡県出身です。野瀬さんの故郷久留米のちょっと北の筑紫野市です。昭和49年に東京商船大学に入学し上京しましたが、当時はまだ九州の味はほとんど東京にはなく、日々カルチャーショックの連続でした。
 何より驚いたのがラーメン。入試の初日の昼、地元のラーメン屋でラーメンを注文しました。白いスープに海苔、白ゴマ、薄い焼き豚、紅しょうがといったトッピングがラーメンだと思っていたのに、出てきたのは真っ黒なスープに白いネギが浮いたもの!

東京の味噌ラーメン
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東京の味噌ラーメン

 それで翌日は、テレビで見たことがある札幌ラーメン道産子へ行きました。そこで味噌ラーメンを注文したのですが、出てきたのは、太い麺にモヤシやらネギやらがどっさりのった代物。
「なんだこれは」と思いつつ箸をそっと入れると下から白い麺が浮いてきて「こいがラーメンか!」と驚きました。そしてあまりに塩辛くて食べられませんでした。
 店の人に「ちゃんぽんは注文しとらんとですが」といったら「はぁ、ちゃんぽんて何ですか?」と聞き返されました。「こいもラーメンか……」と2日連続の衝撃でした。
 大学を卒業後31年間、海上自衛隊に奉職した後、今は京都の北、舞鶴の造船所に勤務しています。思えば遠くへ来たもんだ。
 最後の東京での同人会には参加できそうにないですが、同人会のご盛況を祈念します。

久留米のとんこつラーメン
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久留米のとんこつラーメン

 何度も書いているが、私が東京の学生になり、寮の先輩に「味噌ラーメンを食べよう」と誘われたのが初めての異文化体験だった。とんこつラーメンしか知らなかった私は、味噌汁に浮かぶラーメンの麺を想像して「東京の人はどうしてそんなものを食べるのか」と思ったのであるが、実際に食べてみるとスープも麺もトッピングもすべて想像を超えたものであって、それはラーメンではなく味噌ラーメンという別の食べ物であった。別の食べ物と認識したからこそ、その美味さを受け入れることができたのである。

 DM@舞鶴さんは味噌ラーメンを見て「これはちゃんぽんではないか」と思ったということであるが、食べ物情報がいまのように氾濫していない時代であったので、大いにあり得ることなのである。

 なんか握手したくなるようなメールであった。

【大阪の原さん】

コロッケそば
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コロッケそば

 私の転勤経験は東側は愛知県の東側まで、西側は広島県の西側までと幅が狭いのですが、東京出張の経験を含めて気づいたことを幾つか。
1)東京出張
 コロッケそばに驚愕。当時は西日本ではあまり見なかった気がします。今では何でもどこでもありになりましたが。
 そばつゆの黒さに驚愕。でも飲んで見るとそれほど塩分が強いわけではありませんでした。かえって塩分は少ないかな? と思うケースもありました。このへんは店舗によりけり。濃い口醤油の方が、薄口醤油より塩分は少ないというデータもあるので、見た目とは裏腹な場合も多々。

東京の天丼

東京の天丼

 天丼に汁がないのに驚愕。汁がご飯に染みないように、天ぷらを汁にくぐらせただけという浅草の天丼にびっくり。
 ラーメンを食べるとほっとします。そばやうどんと比べてラーメンには違和感が少なく、すんなりと馴染めました。特にタンメン類は出身地の影響なく受け入れられるんじゃないだろうか?
 東京では北海道ラーメン、和歌山ラーメン、九州ラーメンなどが古くから進出しています。人の流入に応じて文化も流入し、人の欲求に答える形で新しい文化が生まれていく。
 転勤組の九州同人会の場所として、九州ラーメン店が繁盛するというのは理にかなっています。

味噌かつ丼
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味噌かつ丼

 とはいえ、「九州とんこつラーメン」という看板を見て入ると、白濁スープが醤油で黒くなったのが出てきて、がっくりしたことが何回もあります。チャブニチュードいくつかなあ?
2)愛知県転勤
 天丼やカツ丼の汁の濃さに驚愕。塩っ辛い。味噌カツ丼もカレーのように味噌がかかっていて、非常に塩っ辛い。東京よりも塩分は多いんじゃないか?

春菊天そば
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春菊天そば

 東京では立ち食いそばが駅ごとに何軒もあること自体が驚きであった。そもそも九州、ことに久留米はうどん文化圏なので地元でそばを口にしたことがないまま上京し、大井町駅前の立ち食いそばの店で生まれて初めてそばを食べたのであった。

 天玉そばはもちろんだが、コロッケそば、春菊天そばなど、外国の食べ物のように思えたものである。しかしながら貧乏学生にとって小銭で小腹を満たせる立ち食いそばは便利な存在となり、いつしか私の舌はあの濃口醤油の真っ黒い出しつゆに順応したのであった。

真っ黒いそばつゆ
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真っ黒いそばつゆ

 その後、社会人となり大阪本社で勤務した。そこで大阪生まれ大阪育ちの先輩記者がこう言うのを聞いた。

「この間、東京に出張して気がついたんやけど、東京の人間はうどんのつゆは飲まへんのやな。もったいなことしよるで」

 私は聞いた。

「東京でうどんを?」
「うどんやのうて、ざるそば食べたんや」
「つけ汁を全部飲んだんですか?」
「飲んだで」
「そば湯で割って」
「そば湯てなんや。そのまま飲んだがな」

そば湯
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そば湯

 関西ではうどんのおつゆは飲み干すのが基本。関東では残す人が多い。

 メールにある塩分はどうか。一般財団法人日本醤油技術センターのHPによると、東日本の麺類に使われる濃口醤油の塩分濃度は16〜17%。中京地区のたまり醤油も同数である。対して関西の薄口醤油は18〜19%である。

 薄口というのは色の話であって、塩分は最も高い。トシがいったら飲み干すのは控えめにした方がいいかも。


【ちりとてちんさん】

下町の味・深川丼は具がアサリ
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下町の味・深川丼は具がアサリ

 ふるさと(兵庫県)を離れて、東京へ行ったのは約30年前。入社式&研修のため、同期と一緒に新大阪から新幹線に乗り込みました。同じような新社会人で満員のため、東京まで3時間、立ちっ放しでした。同期と一緒だったので、緊張も不安もありませんでした。
 入社式は滞りなく終わり、研修は覚悟をしていたような厳しいものではなく、ワイワイガヤガヤと楽しいものでした。が、食事だけは……。
 配給されたお弁当のご飯は、いまいち。懇親会ご飯も、いまいち。自由に食べに行ったお店のご飯は、味付けが濃いかったし、値段も高かったし。研修を終えて、関西に戻ったときは、やはり「けつねうろん」を食べました。

下町の味「けっとばし」こと桜鍋
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下町の味「けっとばし」こと桜鍋

 東京で食べるご飯には、良い思い出がありませんでしたが、ダンナが参勤交代で江戸に住むようになり、ちょこちょこ江戸へ下る機会が増え、下町のお店を開拓するようになったら、東京ご飯のイメージがかなり変わりました。普通の値段で普通に美味しいお店があるんですね。味は、濃いけど。
 30年程の間に、東京が変わったのかなぁと考えたりもしたのですが「食べB」のおかげで、私が異文化体験を楽しめるようになったのかなぁと思ってます。
 けど、真っ黒なお出しは苦手。

ぐずぐず…
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ぐずぐず…

 コロッケそばをこよなく愛す東京生まれで東京育ちの後輩記者がいる。彼に言わせれば、あの真っ黒なそばのつゆにコロッケを潜らせ、ぐずぐずになったら食べごろであるそうな。ちりとてちんさんは顔をしかめるかもしれないが、それで育った人々も大勢いるのである。

 我が家の子どもたちは中濃ソースしか口にしない。子どもたちが家にいたころは私専用のウスターソースを置いていたものである。育て方間違えたか?

【太ったオオカミさん】

富山の路面電車(太ったオオカミさん提供)
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富山の路面電車(太ったオオカミさん提供)

 私が初めて生まれ育った京浜地区を離れて、旅立ったのは社会人1年目の7月でした。赴任地は富山でした。
 正直、地図上の名前でしか知らないところでした。それからの5年間で起きたことは、今となっては大切な思い出です。
 路面電車が現役というのにも驚きました。横浜では完全に、東京では1路線を残すのみに当時すでになっていたからです。中古車を購入するまでは、アパートから営業所への足は路面電車とバスでした。
 地元販売店の方から、美味しいと紹介されたラーメン店はちょうどその帰り道にありました。今では「富山ブラック」と呼ばれて全国的に認知されましたが、その当時はそんな情報はありません。

富山ブラック(太ったオオカミさん提供)
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富山ブラック(太ったオオカミさん提供)

 よく関西の方が、お江戸の立ち食いうどんの汁が真っ黒で驚いたと言われますが、この真っ黒さにはかなわないでしょう。
 教えられた店では、ライスやおにぎりは出していませんでしたが、基本的にライスやおにぎりが付き物と言うのにも、驚かされました。ラーメンライスというのは、学生街だけの食べ方だと思っていたからです。なんとなく、おにぎりを一緒に売っているのは立ち食いそばか駅そばと思っていたからです。
 九州ラーメンの存在を知ったのも、なんと富山でした。と言っても、本店と支店の2軒だけだったのですが、九州ラーメンを名乗る店が跳梁跋扈している現在と違い、九州以外で本格的なとんこつが食べられる店はまれだったと思います。

富山「南京千両」のラーメン(太ったオオカミさん提供)
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富山「南京千両」のラーメン(太ったオオカミさん提供)

 その後、野瀬さんの富山県実食編でなんとそのルーツが久留米にあることがわかったときには、不思議な縁を感じずにはいられませんでした。
 さて、年取り魚は何かとの話題でも取り上げられたブリが、店頭にぶら下がっている風景は感動的でした。
 もし赴任中に地元の女性と結婚していたら、毎年実家から送られてきたかもしれません。惜しいことを、したかも?

富山のかまぼこ
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富山のかまぼこ

 富山県を取材していて驚いたのは、板付きのかまぼこがなかったことである。すべてややひしゃげた円筒形で、昆布で巻いたもの、パステルカラーのものもある、祝事に贈る飾りかまぼこの多さ、豪華さに目を見張った。

 何十年か前に東京に出て来た富山の人は、板付きではないかまぼこを血眼になって探したのではないだろうか。

 真っ黒でご飯なしでは食べられないようなラーメンを恋しがったのではないか。

 いまでも年の暮れになると「ブリがないと年が越せない」と思うのではないか。

カニ面
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カニ面

 富山の冬。白エビとおでんの「カニ面」が美味かったなあ。

【紀州の出稼ぎ人さん】

とんかつにカラシは不可欠
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とんかつにカラシは不可欠

 昭和末期に就職して上京した折、そばのつゆ云々は聞いていたのですが、職場近所のとんかつ屋に入った際、当たり前のようにカラシがついていたことに、和歌山の田舎モノだけでなく、大阪の大学出身者も驚いたのを思い出しました。
 その後30年近くこの地で生活し、地元のラーメンがもてはやされて来るのも見てきましたが、地元民から言わせると、あれは和歌山ラーメンではなく「中華そば」なんです。
 野瀬さんのちゃんぽんと同様、あと10年したら自分の中でなにか変わるのかもしれませんが……。
 楽しい連載ありがとうございました。このような連載がこれからも続いてくれることを楽しみにしています。それが野瀬さんなら嬉しいのですが……。

メンチカツにもカラシ(いけずな京女さん提供)
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メンチカツにもカラシ(いけずな京女さん提供)

 カラシは何についていようと無視するので、逆に気がつかなかった。関西のトンカツにカラシは付かないのか。

 ともかく、私も連載中、皆さんに教えられ多くを学ぶことができた。来年10月末をもってリタイアするので、このような連載はできないが、テレビやほかの媒体でお目にかかる機会があるかもしれない。そのときは「まだ生きているのか」と思っていただきたい。

 思い出が詰まったメールはまだまだあるが次回に取っておくとして、皆さんからいただい「声」をいくつか紹介しよう。

【シドニー在住岡崎人さん】

岡崎は八丁味噌のまち
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岡崎は八丁味噌のまち

 私は1998年に日本での会社勤めを辞め、ニュージーランドに移住し、その後オーストラリアに移ったわけですが、その間ずっとこのコラムが楽しみでした。自分の故郷である岡崎が取り上げられたときには本当にうれしくなりました。
 インターネットの世界では、誰もが簡単に情報発信できる反面、誹謗中傷が飛び交うのが常である中、このコラムは、そういった世界とは全く違う、そこに関わった人たちが励ましあい助け合う、そういった雰囲気に満ち溢れていました。これはこれからの世の中、本当に大事なことだと思います。
 お疲れさまでした、ご苦労さまでした、どちらが正しい日本語の使い方かわかりませんが、やはりそれらの言葉より、ありがとうございました、と言わせていただきたいです。

 こちらこそ、ご愛読ありがとうございました。頓首。

【泉州住まい30年さん】

美味しいソースないかな〜
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美味しいソースないかな〜

 このサイトもそろそろ終わりかな〜と思いつつ。
 でも本当に終了と言われると、長年付き合ってきた恋人に別れを告げられたときのように(実際はそんな経験はないけれど)胸の奥にシミシミと水溜りが広がっていくんですよ。涙のみずたまりです。
 もう13年にもなるんですね。いつも使っているソースに飽きて何か美味しいソースないかな〜と探していたら、こちらに出合ったんです。
 パソコンを使い始めたころだったので、自分が送信したメールが採用される。そして本にも載せてもらって、嬉しくって天にも昇る思いでした。
 2013年12月乳がんの発見、14年3月手術、抗がん剤、放射線治療を終え、現在はホルモン剤治療中です。経過良好、ごく普通の生活を送っています。
 野瀬さん、お互い1日でも長生きしましょう! そして奥様を大切に。私もだんな様に心配かけたのでだんな様よりも1日でも長く生きたいと思っています。
 たくさんの思い出をありがとうございました。

老後の野瀬? 貴志駅のニタマ駅長代理(大阪の原さん提供)
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老後の野瀬? 貴志駅のニタマ駅長代理(大阪の原さん提供)

 経過が順調で何よりです。長生きしましょう。

 大阪の原さんから、私の老後の姿を予想した写真を送っていただいた。まあ、こんな感じかな。   

 今週はこれまで。皆さん、中でも東日本、北日本の皆さんからのメールを待つ。ではまた来週。

(特別編集委員 野瀬泰申)


電子書籍「文学食べ物図鑑(上)」発売

文学食べ物図鑑(上)

 文学作品にさりげなく登場する食べ物や食事の風景。そこには当時の世相が映されている…。

 毎週日曜日、野瀬が日本経済新聞本紙に連載している「文学食べ物図鑑」が電子書籍になりました。

 本書(上)には、1〜11回を収録しています。お求めは、日経ストアから

 今後、(中)(下)も出版予定です。ご期待ください。


★今週のおかわりは「千葉県アンテナショップ、期間限定で丸の内に」です。ぜひお読みください。

東京都編「私の上り列車」(その2) 武蔵野うどんを「肉汁」で

東京都編「私の上り列車」(その3) おしまいです

東京都実食編 武蔵野でうどん、都心の老舗、下町は商店街


 

●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年11月27日

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