第219回 愛知県実食編 ごも飯食べて頑張ろう

特別編集委員 野瀬泰申


愛知県

 今週は愛知県実食偏。手羽先やあんかけスパゲティ、みそ煮込みうどんなどは、すでにおなじみかと思います。今回は名古屋以外の愛知県を主に旅してきました。
「なごやめし」だけではない、魅惑の愛知県の食をお楽しみください。
 今週のおかわりは、デスク版愛知県実食編。知多半島から渥美半島にかけてのリポートです
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(「食べB」へ初めて訪れた方は「食べB入門編」をご覧下さい記事の県別一覧はこちら

蒲焼町
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蒲焼町

 2015年4月10日から2泊3日の日程で愛知県実食の旅をした。正確に言うと9日に名古屋に自腹前泊したから3泊4日の旅程だった。

 名古屋には夕方に着いた。ホテルがある地下鉄栄駅に降り立つと、目の前に観覧車がある。それを見上げ、目を転じたら「蒲焼町」の標識。この辺りはかつてうなぎの蒲焼きを食べさせる店が集まっていたのであろうか。

 チェックインして夕暮れの街に出た。周辺は一帯が飲み屋街になっている。なっているが、おじさんが独りで入れそうな店はほとんどない。うろうろうろうろ。

突き出しは野菜
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突き出しは野菜

 すると交差点の角で食堂のようにも見える居酒屋がにぎわっている。特に食べたいものがあったわけではないが、コンビニ弁当で晩ご飯というわけにはいかないから、ともかくカウンターに座ったのだった。

 突き出しは野菜。それも生野菜。焼き鳥が売りのひとつのようなので、こんな突き出しになったのだろうが、私にはありがたい。

 うなぎがネタケースに並んでいる。異常な身の厚さと値段からすると、国産ではないらしい。

どて煮
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どて煮

 それをパスしてどて煮を頼む。牛すじを赤味噌で甘く煮たものである。改造工事中の私の歯でも何とかなる柔らかさであった。

 揚げ出し豆腐を追加し、ハイボールと地酒を飲んで、晩ご飯は終了。最近はこんなもの。朝と昼で30品目を達成したら後はおまけみたいなものである。

 翌朝、ホテルの寂しい朝ご飯を済ませて栄町駅から名鉄瀬戸線に乗る。目指すは瀬戸市である。終点の尾張瀬戸駅で愛Bリーグ加盟団体「瀬戸焼そばアカデミー」の鈴木忠会長の出迎えを受けた。

陶土採掘場(鉱山)の一部
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陶土採掘場(鉱山)の一部

 午前11時に特別な場所を見られるよう手配していただいている。その特別な場所というのは「瀬戸物」の原料となる陶土採掘場である。地元では「鉱山」と呼ばれている。

 鉱山法によって厳格に管理されており、関係者以外立ち入り禁止。この日は採掘権を持つ愛知県陶磁器工業協同組合陶土鉱山課の池田課長と小島課長補佐の立ち会いで見学が実現した。

 見ることができた「暁鉱山」には灰白色の陶土が広がり、ユンボが露天掘りしている。足元を見ると土に黒いものが混じっている。

化石が混じった木節粘土
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化石が混じった木節粘土

「大昔、ここは東海湖という湖でした。黒いのは何百万年か前の松とかメタセコイアの化石です。この化石が混じったものを木節(きぶし)粘土といいます」

 粘土の層は12種類に分類され、陶器用、磁器用、ガラス用の粘土がすべて採れる。

 採掘した粘土は組合員に販売される。年間8万トン程度だが、最盛期の昭和30年代にはその10倍はあったという。

 貴重なものを見せてもらった後、街の中心部にある深川神社へ。

尾張瀬戸駅に隣接するビルにはにぎわっていたころの深川神社参道の写真が
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尾張瀬戸駅に隣接するビルにはにぎわっていたころの深川神社参道の写真が

「瀬戸物」が陶磁器の代名詞になっているように、瀬戸のやきものは昭和30年代から40年代前半に最盛期を迎え、全国にその名が知れ渡った。

 当時は月末と15日の2回に分けて給料が支払われ、翌日の1日と16日に神社の前で市が立った。もらったばかりの給料を懐にした人々が繰り出し、押し合いへし合いのにぎわいだったという。いまも参道には飲食店や喫茶店があり、当時の面影をしのばせている。

 アーケードの門前町には「地下街」の看板が下がっているが、地下ではない。裏が高くなっているので、その高い所から見ると「地下みたい」という意味である。

「田代」は店頭でうなぎを焼く
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「田代」は店頭でうなぎを焼く

 その中の1軒、うなぎの「田代」は名店である。昼時には行列ができ、うなぎがなくなると店をしまう。

 道路に面したところに炭がおこっていて、串を打たれたうなぎが薄い煙を上げながら焼けていく。そばの大きなまな板でご主人がうなぎをさばいている。

 バケツに入ったうなぎをひょいとつかみ、すばやく頭に錐を打つ。目にも止まらぬ早業で3枚に下ろし、頭と尻尾を切り落として串を刺す。そのまま炭の上に置いて素焼きし、たれを塗って焼き上げる。

蒸さない蒲焼き
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蒸さない蒲焼き

 腹開きで蒸しを入れないから関西風のように見えるが、焼く前に頭を落とすところは関東風。そしてたれにはたまり醤油を用いるので中京風である。

 長焼きではなく刻んだうなぎが丼のご飯にのる。外はパリ、中はフワではなくしっかりしている。同じうなぎの蒲焼きでも、蒸しが入る関東風とは別種のものと考えていいかもしれない。

 やきものの仕事をしていた人々は、かつての市が立った日、あるいは少し時間ができたとき、精がつくうなぎを盛んに食べた。人口13万人の瀬戸市にはいま、うなぎの店は10軒足らずというが、ひところは30軒を数えたそうである。

やきものを作る型の数々
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やきものを作る型の数々

 食後、鈴木さんの案内で工房や問屋を回った。そもそもやきものというとロクロで作ることしか知らなかったが、基本は型であった。

 まず「原型士」が製品の元となるモデルをこしらえる。それを別の職人が石こう型にする。専門業者から仕入れた土を水で溶いて型に流し込む。しばらくすると石こうが水分を吸って型がはがれやすくなる。そのタイミングを見計らって型を外し、乾燥させた後、着色したり模様を加えたりして焼成する。

瓶の型
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瓶の型

 目からウロコだったのは瓶類の作り方だ。

 型の中にゆるく溶いた土を流し込む。しばらくして型を逆さまにすると、型に密着した薄い粘土を残して余りは流れ出てくる。型を外すと瓶になっていて、ロクロではできない複雑な形状も簡単に作ることができるのである。

 巧みに筆を使って模様を描く伝統的な方法も残っているが、多くはプリントやハンコなどである。こうしないと効率が悪いし、価格競争にも勝てない。

かつて輸出の主力だったノベルティ
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かつて輸出の主力だったノベルティ

 瀬戸がにぎわっていたころの主力商品は輸出用のノベルティ、つまり陶磁器で作られた置物や装飾品だった。ところが昭和46(1971)年のドルショックで固定相場制から変動相場制になったことによって、1ドル=360円で成立していた瀬戸の輸出産業は、急速な円高でたちまち苦境に立たされ、倒産や転業が相次いだ。

 ノベルティから招き猫や季節の置物などに扱い商品を変えて生き残ったところ、機械化を選ばず従来の製法にこだわって品質を追求してきたところもあるが、厳しい状況は続いている。

瀬戸焼そばは、珍しい醤油味
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瀬戸焼そばは、珍しい醤油味

 瀬戸蔵ミュージアムで武藤忠司館長から簡にして明の説明を受け、瀬戸のやきものと町の歴史を学んだ後で駅前のビルに入り、瀬戸焼そばを食べた。

 深川神社の市がにぎわっていた当時、参道の店で生まれたのが瀬戸焼そば。やきものに携わる人々のお腹を満たした、いわば食の産業遺産である。

 豚肉を煮た醤油味の煮汁をかけて蒸し麺を焼く。つまり全国的に見ても非常に珍しい醤油味の焼そばである。しかも蒸し麺は2度蒸しのせいか、生でも茶色い

丸幸のビールサーバーはビンテージ
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丸幸のビールサーバーはビンテージ

 夜は瀬戸物づくりにいそしんだ人々が一日の疲れを癒やしていた「丸幸」へ。

 この店には上から氷を入れて冷やす恐ろしく古いタイプのビールサーバーがある。全国に何台も残っていないものらしい。「これでついだビールは美味い」と地元の人々は言う。

 そんなサーバーでつがれたビールを流し込みながら、冷や奴やおでん、「とん焼き」「きも焼き」などを食べる。おでんにはお約束の「赤棒」が入っている。

おでんには赤棒
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おでんには赤棒

 帰り際に鈴木さんから「ごも飯」をもらった。鈴木家で食べているものである。ごも飯は五目飯のこと。陶磁器を焼くとき長い間窯から目を離せない。家内制手工業の色が濃い事業所が多いので、ゆっくり食事を取る時間もない。そんなときに活躍してきたのがごも飯。火の近くにいることが多いから、ご飯には塩味がついている。具はゴボウ、ニンジン、シイタケ、油揚げ、鶏肉。ご飯とおかずと塩分が同時に口に入る。これも食の産業遺産である。

 ホテルの部屋でいただいたが、思ったほど塩辛くはなく、実にいいものであった。

ごも飯は食の産業遺産
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ごも飯は食の産業遺産

 別れ際、鈴木さんが言った。

「明日はモーニングを食べに行きます。開店は朝7時ですが、行列ができている可能性があります。6時45分に迎えに来ます」

 そんなわけで約束の時間にホテルのロビーで合流し、近くの「元町珈琲」に行った。喫茶店と呼ぶには余りに大きな店構え。最近はこうしたチェーンの大型店が人気という。

 広い駐車場があって、なるほど開店待ちの行列ができている。玄関のそばには空席待ちの客が並ぶ席もあった。

午前7時開店前の行列
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午前7時開店前の行列

 中はゆったりと座れるテーブルがずらりと並んでいる。新聞や雑誌の種類も豊富である。

 飲み物に120円を足すと食べられるモーニングセットを注文する。パンはトースト、マフィン、クロワッサンから選ぶのだが、私たちはマフィンにした。

 中京地区のモーニングサービスは「豪華」とか「夕方までモーニング」といったことばかり語られることが多い。しかし私の関心は「なぜ中京地区でモーニング文化が生まれ、いまも続いているのか」という点にある。

120円プラスでこのモーニング
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120円プラスでこのモーニング

「朝が早いので家で朝ご飯はあまり食べません。喫茶店でモーニングを食べながら新聞を読んだり打ち合わせをしたりするのが長年の習慣です」
「会議室とか応接間がないところがほとんどですから、お客さんが来たときなどは喫茶店に行きます。それが朝ならモーニングです」
「暗いうちから働き始める職人は、一仕事終わってから喫茶店で朝ご飯、かな?」

 鈴木さんはこう言った。昔からの生活パターンなので改めて「どうして?」と聞かれると困る、といった表情だったが、ごも飯と同じくものづくりの生活を背景にした食事文化であろう。

豊田市で買った「自動車月餅」
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豊田市で買った「自動車月餅」

 午前8時から仕事が入っている鈴木さんと分かれ、名鉄瀬戸線で新瀬戸へ。歩いて愛知環状鉄道瀬戸駅に行き、生まれて初めての「愛環」に揺られ新豊田で降りる。ここが豊田市の中心で、駅からまっすぐ伸びる道の向こうに銀色の豊田スタジアムが見える。

 商店街を巡りたかったのだが、区画整理のため全店が閉まっていた。当てもなく歩いていると和菓子屋があった。入ってみたらビンゴ。

「自動車月餅」を売っていた。昭和50年代初めから続くロングセラー商品。買うしかない。

サブレも自動車
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サブレも自動車

 駅ビルのお菓子売り場で自動車(トヨタ車)の形をした「くるまの街サブレ」をみつけ、迷わず買う。

 しかしながら、食べ物という点ではこれといったものを発見に至らず、その足で三河豊田に向かった。この駅の前がトヨタ本社。名古屋隣接のような気がしていたが、尾張ではなく三河に本社があった。

 ところが土曜日だったので本社も本社工場も休み。ついでに駅前の「トヨタ本社食堂」という名の食堂も休み。駅前には商店街もない。

くらうん最中 ピンクのものもある
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くらうん最中 ピンクのものもある

 またしても当てもなく歩いていると和菓子屋さんがあった。入ってみるとまたまたビンゴ。「くらうん最中」があるではないか。

 こちらは昭和30年代初めに生まれたお菓子で、息が長い人気を誇る。もちろん買いましたよ。

 再び愛知環状鉄道で岡崎を目指す。岡崎の手前で車窓から「カク久」の蔵が見えたので、急いで降りる。八丁味噌発祥の地である。蔵自体は見学も含めて3度目。一応写真を撮る。

八丁味噌のふるさと
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八丁味噌のふるさと

 歩いて岡崎に行こうと思ったのだが、道がわからないのでまた電車に乗る。すぐに岡崎に着いた。昼時を過ぎてお腹がすいている。しかし区画整理で道路が広くなった駅周辺の風景が記憶と全く異なっていた。そして飲食店がない。あるにはあるが夜の営業の店ばかりである。

 駅前で食堂が1軒だけ営業中だった。しかし土曜なのでメニューはとんかつ定食かカレーライスだけだという。そこでとんかつ定食を頼んだ。当然、味噌かつであろう、というのは甘い思い込みで、何もかかっていないとんかつが登場した。

味噌かつかと思ったら
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味噌かつかと思ったら

 テーブルには味噌だれはおろか、とんかつソースもない。あるのはウスターソースだけ。

 ということで愛知県に来てウスターソースとんかつを食べることになったのである。

 勘定をして今度はJR東海道線で蒲郡へ。単に行ったことがなかったから行きたかったのである。駅前散策後、海沿いの蒲郡温泉まで歩く。

 途中、水族館が何かのイベントのため無料開放されていたのでのぞく。アシカの仲間の何とかというのがショーをやっていて、子どもたちが大喜び。ついでに若いお母さんやお父さんも大喜び。

蒲郡の水族館ではショーも
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蒲郡の水族館ではショーも

 蒲郡温泉の目の前にある竹島に渡る橋は大勢の観光客でにぎわっていた。ここにもアジアの友が多数いる。

 蒲郡はミカンが特産とか。ミカンをどうかしたお菓子を買う。

 夕方になってきた。東海道線で豊橋へ。今夜は豊橋泊まりである。どこで晩ご飯を食べようかと考えていると、豊川からメール。

「いま豊川にデスクと名古屋のす〜さんがいます。野瀬さんも来てください」

これも練り物(ヤマサ製)
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これも練り物(ヤマサ製)

 聞いてみると私が今夜、豊橋で食べようと思っていたものをデスクたちが豊川で食べる予定とか。ダブルのもナンだからと豊川に行くとこにした。

 そんなわけでその夜のことはデスクのリポートを読んでいただきたい。

 今回の旅の収穫は瀬戸における食の産業遺産に出合えたこと。うなぎ、焼そば、ごも飯、そして喫茶店のモーニングも産業と深く結びついたものであった。

 ものづくりと、それを支える生活の中から特有の食べ物や食事の文化が生まれることを改めて学んだ旅であった。

(特別編集委員 野瀬泰申)


*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


★今週のおかわりは「三河の大地が育んだ調味料と海の幸〜デスク版愛知県実食編」です。ぜひお読みください。

愛知県編(その1) カレーうどんだぎゃー

愛知県編(その2) 味噌味噌ラシド♪

愛知県編(その3) このそうめん、長さ3.6メートル

愛知県編(その4)「みそトースト」の誘惑


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年5月8日

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