おかわり おもてなしは戦車より強し――「ガルパン」で覚醒、大洗の魅力



鹿島臨海鉄道の「ガルパン列車」
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鹿島臨海鉄道の「ガルパン列車」

 茨城県の代表的な観光スポットとして知られる大洗町。「大洗と言えば?」との問いに、返ってくる答えは水族館、海水浴場、あんこう、アウトレット……そんなところでしょうか。食べB読者の皆さんなら、茨城編第1回に登場した「たらし」を挙げるかもしれません。

 しかし今、全国的に「大洗」と言えば「ガルパン」なのであります。

 「ガルパン」とは、2012年から13年にかけて放映されたアニメ作品「ガールズ&パンツァー」のこと。その舞台となったのが大洗町で、作品の中では実際の大洗の街並みが忠実に再現されています。

 その物語を簡単に説明しておきましょう。

 主人公たちはごく普通の女子高に通い、ごく普通の学生生活を送っていました。ただひとつ違っていたのは、彼女たちの選択科目は……「戦車道」だったのです。

観光庁の表彰の際、長官室に並んだ等身大パネル。左から五十鈴華、秋山優花里、西住みほ、武部沙織、冷泉麻子(2013年6月27日)
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観光庁の表彰の際、長官室に並んだ等身大パネル。左から五十鈴華、秋山優花里、西住みほ、武部沙織、冷泉麻子(2013年6月27日)

 戦車道とは、華道や茶道と並ぶ大和撫子のたしなみ。戦車に乗り込んで互いを撃破するまで戦いますが、あくまで武道であり、スポーツです。

 そんな荒唐無稽な設定ながら、戦車の動きを緻密かつダイナミックに表現する一方、主人公たちの人間的成長や友情、そして家族との絆をみずみずしいタッチで描いており、放送開始直後から高い評価を得ました。その効果で大洗に足を運ぶ観光客も急増しているのです。

 アニメの舞台を訪れる、いわゆる「聖地巡礼」は 2000年代後半、埼玉県を舞台にした『らき☆すた』がブームに火をつけて以来、多くの地域が街おこしの起爆剤として注目するようになりました。

 しかし実績を上げられるのはごくわずか。大洗の取り組みは数少ない成功例のひとつとして、全国から注目を浴びています。今年6月には観光庁の「『今しかできない旅がある』若者旅行を応援する取組表彰」で奨励賞も受賞しました。また大洗町は2011年、東日本大震災があり県内観光客数トップの座から陥落していましたが、2012年に早くも奪還。そこにはガルパン効果も少なからず影響したと考えられています。

 なぜ大洗は成功したのか。それを知るために、昨年の「500キロの旅」以来、久しぶりに大洗を訪れました。

作品と街とが一体化

大洗駅に掲げられた横断幕。アニメ作品内の大会優勝を祝っている
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大洗駅に掲げられた横断幕。アニメ作品内の大会優勝を祝っている

 水戸駅から鹿島臨海鉄道に乗り換えようとすると、車両にガルパンのキャラクターがあしらわれていました。そして大洗駅に降り立つと「祝 全国大会優勝 県立大洗女子学園」の横断幕がかかっています。一見すると地元の高校の快挙を祝っているように見えますが、実はこの「県立大洗女子学園」はガルパンの主人公たちが通う架空の高校。この時点で、作品の世界観と現実の大洗とが一体化しているような錯覚を覚えます。

 そして商店街を歩けば、多くの店先にガルパン登場人物の等身大パネルが掲げられており、その錯覚は次第にリアルなものへと変わってきます。

あちこちの店に等身大パネルが飾られている(お惣菜の店 カワマタさん)
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あちこちの店に等身大パネルが飾られている(お惣菜の店 カワマタさん)

 これらのパネルは、前述の観光庁表彰後の長官訪問の際、関係者とともに長官室に並べられました。それは単なる作品アピールのためではありません。実はこのパネルこそが、大洗のまちおこしを成功に導いた原動力のひとつだったのです。

震災からの復興、新たなまちおこしのステージへ

「大洗まいわい市場」内のガルパンコーナーでは、交流ノートに書き込むファンの姿も
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「大洗まいわい市場」内のガルパンコーナーでは、交流ノートに書き込むファンの姿も

 大洗で街おこしの中心を担っているのは、地元の若手経営者らによって設立された地域プロデュース会社「Oaraiクリエイティブマネジメント」です。その最初の事業として2009年7月、大洗リゾートアウトレットの1階に産地直売店「まいわい市場」をオープンさせました。試行錯誤を続けながらも軌道に乗りかけた矢先、震災で壊滅的な打撃を受けることに。

 一時は「もう駄目か」と思ったそうですが、スタッフはボランティアで働き、生産者も応援に駆けつけるなど一丸となって励んだ結果、被災から4カ月で再オープンにこぎつけました。半年後の11月には、全国直売所研究会による「直売所甲子園」で審査委員特別賞を受賞するなど、着実に復活を遂げていきます。

人気グッズの「ガルパンタオル」
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人気グッズの「ガルパンタオル」

 復興の、その先をどうプロデュースしていくのか――Oaraiクリエイティブマネジメントに「ガルパン」制作への協力依頼があったのはそのころでした。代表の常盤佳心彦(ときわ・よしひこ)さんも、この時点ではそれが地域の活性化につながる確信はなかったと言いますが、資料写真の撮影などに携わりながら、地域プロデュースに結びつけるアイデアを練り、仲間づくりを進めていきました。

「聖地巡礼に取り組んでいる他の地域の事例を調べ、簡単にはうまくいかないことは分かった。でもよそはよそ、うちはうち。大洗らしくやろうと思った」(常盤さん)。

 2012年10月8日、「ガールズ&パンツァー」放送開始。そのおよそ1カ月後に大洗で行われた「あんこう祭り」において、ガルパンで大洗を盛り上げる取り組みが一気にスタートします。出演声優も大洗を訪れて記者会見やイベントに臨み、大勢の人で賑わいました。4種類用意した地元発の関連グッズは瞬く間に完売。そのうちのひとつ、山戸呉服店が販売するガルパンタオルは今も大人気の商品となっています。

大洗マリンタワー(クリックすると展望台部分を拡大します)
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大洗マリンタワー(クリックすると展望台部分を拡大します)

 そして大洗マリンタワーの展望台を地上から見上げると、登場人物たちの等身大パネルがこちらを見下ろして微笑んでいました。いたずらのつもりだったそうですが、翌年、この等身大パネルを本格的に使った地域プロデュース事業が考案されました。

 それが、店頭にキャラクターのパネルを置いてもらう、というもの。3月に行われた「大洗の春まつり 海楽フェスタ」に合わせ、54体のパネルを手作りで制作、配布しました。作品中に登場する場所には人が行くが、それ以外は素通りされてしまいがち、という聖地巡礼の弱点をカバーし、街全体に「ガルパン」の世界を拡散させたのです。

等身大パネルが果たした役割

肴屋本店の前にいるのは、作中でこの旅館に戦車を突っ込ませたチームの隊長、ダージリン(左)
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肴屋本店の前にいるのは、作中でこの旅館に戦車を突っ込ませたチームの隊長、ダージリン(左)

 このパネル設置には大きな狙いがありました。店の人とお客さんのコミュニケーションを促進しよう、というのです。

「大洗は以前から『おもてなし』を重視してきました。おもてなしの第一歩はあいさつ、声をかけること。ですが、その第一歩が意外に難しい」と話すのは、Oaraiクリエイティブマネジメントの常務で、大洗町商工会青年部長を務める田山一暁さん。

 田山さんは、すでに商工会でレンタサイクル事業を実現させていました。レンタサイクルを利用するのは主に外から来た観光客だから、その人たちを見たら声をかけよう、と呼びかけたのです。「対象を絞り込めば、声をかけやすくなりますからね」。同じように、店の前にパネルを置いておけば、それに対する反応で『おもてなし』をすべき人がすぐに分かるのではないか――。

 そして、お店の人はまだ「ガルパン」をよく知らないケースが多い。店にパネルを置くことで興味を持ってもらい、少なくともそこに描かれたキャラクターについて、ファンと語り合えるぐらいになるのでは、という期待もありました。

 この作戦は大成功で、多くの店主がガルパンファンたちとコミュニケーションを取るようになります。長時間話し込んだり、ファン同士の交流の場となる店も出てきました。

江口又新堂に飾られているのは、店主が歴史に詳しいとあって歴女キャラの左衛門佐(さえもんざ)
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江口又新堂に飾られているのは、店主が歴史に詳しいとあって歴女キャラの左衛門佐(さえもんざ)

 それだけではありません。そうしたコミュニケーションの楽しさから、多くのファンが何度も大洗を訪れるようになった、という点にこの事例の特徴があります。中には大洗に引っ越して来てしまった人までいるのです。

 アニメへの愛着が、次第に地域への愛着に変わる。イベントによる一時的なまちおこしではなく、地域の一人ひとりの力に支えられた、持続可能な地域プロデュースが実現した瞬間です。

 もちろん等身大パネルだけで成功したわけではなく、多くの人の知恵と努力で様々な企画を進めてきたことが実ったものですが、店の前でほほえみかけるキャラクターたちは、今回の取り組みの象徴的な光景といえます。

「商店主として、当たり前のこと」

江口文子さん
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江口文子さん

 実際に街を歩いてみましょう。ガルパン第4話で、主人公たちが通う大洗女子学園の対戦相手、聖グロリアーナ女学院の戦車が見事に突っ込んだ割烹旅館「肴屋本店」。戦車道の試合で破壊された建物は、日本戦車道連盟の費用で新築できるため、きれいに元通りになっていました(という設定)。この旅館はすっかり聖地と化し、ガルパンファンに向けた宿泊プランなども用意されています。日本各地はもちろん、台湾など、海外からの宿泊客も来るとのこと。

 そのすぐ近くにあるのが書籍・文具の「江口又新堂」。歴史に詳しく、話し好きな江口文子さんはファンの間でも有名人で、近くの書店や通販でも買える本を、わざわざここに来て購入するファンも多いとか。ときには忘れ物を預かったり、ファン同士の交流拠点になっています。

「ファン同士が大洗で知り合って、友達になる。嬉しいことですね」と江口さん。ある日、近くに住む90代の女性が江口さんに「あなたのところに来てるお客さんたち、海岸を掃除したり、草刈したり、とてもいいことしてくれてるのよ」と嬉しそうに話していたそうです。

日本茶ティーバッグの「茶〜ちる歩兵煎茶」
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日本茶ティーバッグの「茶〜ちる歩兵煎茶」

 「お茶の国井屋」では、聖グロリアーナ女学院の生徒たちがいつも紅茶を飲んでいることにちなんだ「茶〜ちる歩兵煎茶」を販売し、人気を呼んでいます。

「本当は紅茶なんだろうけどね、うちは日本茶の店だから」と笑うのは倉田健さん。「パネルだけ写真に撮っていく人もいるけど、気軽に話でもしていってほしいね」。お客さんが来たら、まずは笑顔でお茶を一杯。ずっと昔から続けてきたおもてなしです。「お客さんと会話をするのは商売の基本だよ。当たり前のこと。そのときは買ってもらえなくても、リピーターになってくれればいい」。そうした「当たり前のこと」が、今、まさしく大洗に多くのリピーターを生み出しているのです。

お茶の国井屋さん
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お茶の国井屋さん

 また倉田さんは「本当にいいものを知ってもらうこともお店の仕事」と言います。この「茶〜ちる歩兵煎茶」も、若い人を意識してティーバッグになっていますが、それがきっかけでお店に来るようになり、会話を通じてお茶に興味を持って、今度は急須で入れるお茶を買っていく人もいるそうです。

 店を出たとき偶然、ガルパン好きが高じて大洗に引っ越してきたという方とすれ違いました。茨城県南部に住んでいましたが、こちらで新しい仕事に就いたそうです。仕事中であまり長くは話せませんでしたが「大洗は人がとてもあたたかい。いいところです」と笑顔を見せました。

石福青果店さん
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石福青果店さん

 「石福青果店」の店先には、街歩きをする人のために休憩コーナーが用意されています。「本当はもっと話もしたいけど、なかなか手が離せないでしょ。だから座って休んでもらえるようにしました」と石井澄子さん。ノートが用意されており、訪れたファンが思い思いのコメントやイラストを書き込んでいきます。

「遠くから来る人も多いですね。徳島から何度も来てくれる人もいて、交通費だけでも大変だろうに」と心配そう。「何度も来てくれる人には『お帰りなさい』って声をかけます。」

私物化しない、独占しない

石福青果店に設置された交流ノート
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石福青果店に設置された交流ノート

「聖地巡礼の現場を数多く見てきましたが、地元とトラブルが起きているケースも少なくありません。しかし大洗ではほとんどそうした話を聞かない」と語るのは、ガルパンが縁でOaraiクリエイティブマネジメントの仕事を手伝うようになり、現在は大洗に住んでいるデザイナーの高橋亘さん。「ガルパンのファンには30代〜40代が多く、比較的年齢層が高めということもありますが、やはり大きいのは大洗の人たちがあたたかく受け入れてくれたことではないでしょうか」。

 そういえば「たらし」の専門店として営業を続けている「ほそのや」のおかみさんも「大洗の人は情があるからね。口は悪いけど(笑)」と話していました。

県内では路線バスとして「ガルパンバス」も走行している
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県内では路線バスとして「ガルパンバス」も走行している

 ある商店主は「大洗では、どの店も『ウチがウチが』じゃないし、あれこれ売りつけようともしない。それが良かったのかな」と分析します。

 実は、これは当初からプロジェクトのメンバーが重視していた部分でした。「(アニメを制作した)バンダイビジュアルのプロデューサーから、プロジェクトを成功させるためには誰かが私物化しては駄目だと言われ、肝に銘じた」(田山さん)、「最初にグッズの開発を提案した店には、もしガルパンが当たっても、独占しないで、後に続こうとする店の相談に乗ってほしい、と話した」(常盤さん)。

 「私物化しない」「独占しない」――これはアニメに連動したものだけでなく、すべてのまちおこしを考えるうえで、共通して言えることかもしれません。

 最後に、食べB茨城編第2回を読んで、地元に住む方からいただいたお便りをご紹介いたします。

 よく私は地元名でツイッターを検索していますが、昨年の夏ごろからこの関連のツイートを見かけるようになり、何か地元の名に関連したことで変な話題が出ていると勘違いしておりました。
 それがBSで放送されるアニメに関するものだと分かり知り、題名も「パンツァー」がドイツ語で「戦車」という意味であることなどを知って、10月の放送開始時、試しに視聴してみました。
 私は普段アニメは見ませんし、今風の萌え系のアニメだったら苦手だなと心配していたのですが、全然そんなことはなく、安心して見られるアニメでした。
 作品中(3話終わりごろから4話にかけて)大洗町内で戦車道大会が開かれるのですが、町の商店街を戦車が走り、時に旅館に突っ込んだり…というシーンで実在の大洗の街並みが登場するのです。それが「みつだんご」のたかはしさん前の道路だったり、肴屋本店という旅館だったり、大洗磯前神社、アウトレット、マリンタワー、大洗駅だったりします。
 その放送があった直後から、描かれた街が実在すると知ったファンの方々が町を訪れ、アニメに登場した建物や風景を笑顔で写真に撮って歩く姿を見かけるようになりました。地元民である私には、とても嬉しいことでした。
 大洗は震災前、年間の観光客500万人を超える賑わいのある場所でもありました。でも震災後に激減。津波の被害は比較的早く復旧できたのですが、風評被害に苦しめられました。
 ゴールデンウィークも、夏休み期間の土日や連休も、震災前は当たり前だったような町の中の道路渋滞が全く見られない日々が続いたのです。
 このまま行ったら、この小さな町はどうなってしまうんだろう。観光で成り立ってきた町なのに。こんな寂しい町の様子は生まれてから一度も見たことがなかった――それほどに寂しい震災後の日々でした。
 そこに突然、町を歩いてくれる人が増えてきたのです。自分はその背景を知っていたものの、町民の多くは「?」状態だったと思います。
 大洗ではそのアニメの地上波放送がなく、BSで観た人も少数派。商店街の店主さんたちも、地元がアニメに登場しているとは知らなった人が多かったようです。でもアニメと町とを橋渡しをしてくれた人たちのおかげで商店街も協力をし始めて、今年春ごろから、このアニメに登場したキャラクターの看板を店先に置くようになりました。それが、ご覧になった看板なのです。
 この看板が置かれるようになって、さらに町を訪れてくれる方々が増えました。人通りの減った寂しい通りにも、ニコニコ笑顔で歩いてくれる人たちを見かけるようになったのです。この流れを店主さんたちは心から喜び、来て下さったことに感謝して店頭で無料で麦茶を出したり、目当てのものが品切れでがっかりのファンの方に、送料の方が高くても店持ちで送ってあげるなど、本当に感謝の気持ちでファンの方々に接していました。
 これらがやがて口コミで評判となり、当初アニメファンで来て下さってた方々がいつしか大洗町ファンとなり、中には数人移住してきた方もおられます。
 こうした動きは、テレビや新聞でも何度となく取り上げられました。現在は、大洗町だけにとどまらず、茨城県全体にも応援の輪が広がっています。
 よかったらぜひ作品をご覧ください。そして、大洗にお越し頂けたら嬉しく思います(月うさぎさん)

 きょうも、大洗はガルパンの登場人物、ファンたち、そして大洗の人々、三者三様の笑顔であふれています。

(一芸)

2013年10月25日

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