第171回 広島県実食編 タコ足が「朝日養素」に敬礼す

特別編集委員 野瀬泰申


 今週は広島県実食編です。ホルモンの天ぷら、まっ赤なつけ麺など、昨年末の広島県編では、カキ、お好み焼きに限らない様々な「おいしい広島」の情報をいただきました。今回も野瀬とデスクがふた手に分かれて、そんな広島の味を実体験しに行って来ました。
 今週のおかわりは、デスク版広島県実食編広島県府中市で開催された関西・中国・四国B-1グランプリのリポートです
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広島県は広い
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広島県は広い

 2014年3月7日から9日まで、2泊3日で広島県実食の旅に行った。広島県は広い。中国山地は深く、瀬戸内側には島が点在する。

 そこで私は東部の旧備後の国を、デスクが広島市を中心とする西部の安芸の国を担当した。私の旅は広島勤務の経験があるみんみん(♂)さん=以下、みんみんさん=がナビゲートしてくださった。

 3月7日。みんみんさんと合流地点に選んだのが福山市。先に入っていた私は市内の「ばら公園」に歩いて行った。福山市は「ばらのまち」を標榜している。前回、通過したときにそのことを知り、理由を調べて感動した。

ばらのまち、福山
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ばらのまち、福山

 福山市は戦争末期の空襲で市街地の約8割が焼失した。「荒廃したまちに潤いを」と昭和31(1956)年、市民が現在のばら公園に1000本の苗を植えた。その年、「100本のバラを持つ1人より、1本のバラを愛育する100人を」を基本理念とする「福山バラ会」が発足し、ばらの輪は学校や個人の庭などにも広がった。

 行政を巻き込んでばらのまちづくりが年々進み、毎年5月に開かれるばら展は多くの市民でにぎわうようになった。

 無料ばら苗配布、ばら花壇コンクール、ばら写真コンテストなどの事業を通じて福山市はばらだらけになっていく。

シルバー人材センターの皆さんによる整備作業
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シルバー人材センターの皆さんによる整備作業

 目標は「100万本のばら」。現在70万本を超えたところという。

 私がばら公園を訪れたとき、シルバー人材センターの皆さんが見ごろになる5月に備えて整備作業にいそしんでいた。

 ここには280種、約5500本のばらが植えられているが、いまはこんな具合。一斉に花開いたらどんなに美しいことであろう。

 などと考えながら写真を撮っていると、みんみんさんから電話。急いで福山駅に戻った。合流して福山城の中にある「茶処ばら」へ。ここで郷土料理の「うずみ」を食べる。

福山の郷土料理「うずみ」
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福山の郷土料理「うずみ」

「うずみ」はご飯の下にいろいろな具材を「うずめ」たもの。江戸時代に倹約令の目を逃れるための方便だったと言われている。岡山のご飯が上になったばら寿司と由来が似ている。

 地元では「うずみ」を新しい福山グルメにしようという動きがあって、各店で工夫したものがメニューに入っている。

 しかしながら元々はなかったであろう「出し汁をかける」という鯛茶漬けのようなルールが加わったほか、本来ならご飯に隠れていなければならない具材が前面に出たものが主流になり、ラーメンやアイス、バーガーの「うずみ」まである。よく言えば百花繚乱(りょうらん)、悪く言えば訳わからん状態になっている。

がびーん
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がびーん

 その中で原形に最も近そうに思えたのが「茶処ばら」のものであった。坂道を登って店の前に。

 がびーん。

「準備中」

 私は頭の中で原稿を書き始めた。

「実食編ではよくあることだが、いきなりというのは……」

 するとみんみんさんがずんずん歩いてドアの中に消え、すぐに戻ってきた。

掘り返すと…
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掘り返すと…

「やってます。看板は風で裏返っただけだそうです」

 ああ、よかった。

 でテーブルに座ってすぐに「うずみ」を注文した。

 ほどなく出てきたのがこれ。なるほど上から見ればのり茶漬けのようだが、掘り返すと薄味で整えられた具が現れる。シイタケ、タケノコ、ニンジン、三つ葉、エビ、油揚げ、ゴボウ……。すべての具を記録していたのだが、そのメモが行方不明である。10種類ほど入っていたと思う。

 小鉢の煮物もグー、漬物もグーであった。

「阿藻珍味」本社工場
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「阿藻珍味」本社工場

 駅に戻ってタクシーに乗る。行き先は鞆の浦である。5月の観光鯛漁が有名であるが、目指すのは鯛のようなメジャーなものではない。

 最初に行ったのは練り製品で有名な「阿藻珍味」本社工場である。ミュージアムは改装中で見ることができなかったので、販売ブースへ。できたての天ぷらは無言にさせる美味さ。言うことなし。

 買って帰りたいが、旅はこれからである。店の外で胃袋に収めて我慢した。

村上製パン所
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村上製パン所

 そこから歩いて古いたたずまいの漁師町に入る。鞆の浦は観光地として注目され初めているせいか、平日ながら高齢女性グループが何組も歩いている。

 私たちは「村上製パン所」を探し当てた。みんみんさんがネットで調べてターゲットにしていた店である。

 開店は昭和23年というから、私より3歳年上である。そのころからあり、いまも人気なのが「アブラパン」。アブラは油。あんパンを揚げたものである。

 昭和20年代から30年代にかけて、あんパン自体がごちそうだったのに加え、油で揚げたらワンランク上がった。

油パンと油クリーム
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油パンと油クリーム

 食べてみると予想通りの味であった。予想通りに懐かしかった。

「油クリーム」という、クリームパンを揚げたものもあった。これはありそうでなかなかないものであろう。

 店の奥さんがニコニコと優しい人で、店内に飾られたひな人形も美しかった。

 目標ゲットで一つのミッションを完了し、次のターゲットに向かう。

「保命酒」
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「保命酒」

「保命酒(ほうめいしゅ)」である。

 江戸時代から鞆にだけ伝わる薬酒で、いま4軒で造っている。焼酎をみりんにして生薬を漬けたもの。養命酒の親戚である。

 私が買ったものは地黄(じおう)を主体に16種の生薬が入ったもので、アルコール度数14度。とろりと甘く、飲み下した後に生薬の芳香が広がる。芳香と書いたが、そうは思わない人がいるかもしれない。それは正月のお屠蘇を子どもが「くさい」と言うのに似ている。しかしお薬なのであるから芳香である。私は炭酸で割ったら何杯でも飲めそう。

 鞆の浦は町並みの落ちつき具合がいい。観光地にありがちな商魂のとげとげしさもまだない。再訪したいと思った。

これ、何ていう魚ですか?
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これ、何ていう魚ですか?

 歩いているとおじさんが何種類かの魚を並べ、エビの頭をむしっている。1種はシタビラメ。だがもう1種が見かけない魚である。

「これ、何ていう魚ですか?」
「……」
「エビはどうやって食べるんですか?」
「……」

 どうも冷やかしの観光客と思われているらしい。

「このでべらはいくらですか?」
「1000円」
「ください」

鞆の浦のたたずまい
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鞆の浦のたたずまい

 この瞬間、おじさんは別人になった。笑顔が出たのである。

 ついでにえびも買った。するとそれを見ていた近所のおじさんが寄ってきた。

「売れたか。よかった」

 言い残してどこかに消え、すぐに戻ってきた。手にコップ酒を持っている。魚のおじさんに渡して何やら話している。

 よくわからなかったが、売れたので早速そのお金でコップ酒を買いに行ったが、いつもの店が閉まっていたので別の店で買ってきた、というような内容ではなかったか。

「保命酒」の店、古い
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「保命酒」の店、古い

 ともかくそれからしばらくみんなでワハハのガハハになったのだった。

 タクシーで福山に戻り、山陽本線で尾道に向かう。乗ったらすぐに着いた。街中を少し歩いてホテルへ。一休みの後、夜の尾道に繰り出した。繰り出すと言っても若くはないのでもうひとつ迫力がない。

「居酒屋くら田」のカウンターでハイボールを頼む。西日本でウーロンハイは飲まない。本来、甲類焼酎を用いるべきところを乙類でやってくれる店が圧倒的に多いからである。

ネブトの空揚げ
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ネブトの空揚げ

「ネブトの空揚げくださーい」

 本編に登場した瀬戸の小魚ネブト。テンジクダイである。成魚でも体長3センチという小魚であるが、酒との相性がいいらしい。

 出てきたのは空揚げではなく、南蛮漬けであった。しかし一口かじると、こしゃくなことに美味いではないか。小骨が私の歯でもたやすくかめる。身は甘い。気分よし。ほかに何品か注文して酒を変える。

「でべら酒くださーい」

でべら酒
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でべら酒

 でべら、すなわちタマガンゾウビラメを干したものは、あぶっても硬くてNGであるが、フグ酒のようにあぶったもので香りを出すのであればOKである。というか珍しいでしょ? 店の一般的なメニューというより、家庭でやる飲み方であるそうな。

 これがまあ香ばしくて、熱燗の地酒を一段押し上げてくれる。ずっと飲んでいたかったけれど次がある。

 切り上げて「にしのや」に行った。ありゃりゃー、のれんが中にしまわれている。閉店?

スナズリはお好み本体とは別に焼く
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スナズリはお好み本体とは別に焼く

 またしてもみんみんさんが引き戸を開けて確認すると、団体の予約が入っているので一応そうしているが、別に2人だったらいいですよとのこと。よかった。

 中華そば、お好み焼きの店で、1階はカウンターのみ。スナズリ(砂肝)入りのお好み焼きを注文する。広島県東部でよく食べられているメニューである。

 店主の手順を撮影していたら「撮りにくいでしょう」と言って、鉄板前のカバーを外してくれた。

 スナズリは火が通りにくいので、お好み本体とは別に焼き、後から加えるものであることがはっきりとわかってありがたかった。

 お好み焼きは期待にたがわずいいものであった

「しみず食堂」は戦後間もなく開店
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「しみず食堂」は戦後間もなく開店

 ホテルに戻ってバーでサービスのハイボールなどを飲み、ベッドで気絶した。

 3月8日。朝早く目覚める。9時ホテル発で駅前に。尾道水道を望む「しみず食堂」で朝食である。9時過ぎに入ったら先客が2人。漁師なのだろうか、一杯やりながら新聞を読んだりご飯を食べたり。

 店に張ってある新聞記事によると終戦直後に駅前で開店したが、再開発で平成10(1998)年に惜しまれながら閉店。それからこの場所に移転した。

穴子の1本煮
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穴子の1本煮

 店内にはガラスケースがあって煮魚などのおかずが並んでいる。

 私は朝から尾道ラーメン。みんみんさんは中華うどんと穴子の1本煮を注文した。

 藤枝以来の朝ラーである。だが老舗食堂の尾道ラーメンのスープは魚介の深い味を醸しながらあっさりとして、全部飲めそうな優しさ。ズルズルゴクゴクと平らげた。

 中華うどんはラーメンの麺の代わりにうどんを入れたもの。客の注文でできたメニューかと思っていたが、そうではなかった。店の女性が言う。

尾道ラーメン(右)と中華うどん
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尾道ラーメン(右)と中華うどん

「昔は鉄道と連絡線を乗り継ぐ人が多かったんです。ラーメンを頼まれても時間が迫っている場合はゆでるのが間に合わない。それでうどんをゆでておいて熱いラーメンスープに放り込んで出したんです。お客さんは注文と違っていてもすぐに食べられるので、納得してくれました。あうんの呼吸ですね」

 これが初めての客であれば文句のひとつも言ったかもしれない。そうならなかったのは常連客ばかりで、それこそ呼吸がうまく合ったのであろう。状況が目に浮かぶようで、中華うどんの味わいがまた深まった。

瀬戸田のレモンケーキ
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瀬戸田のレモンケーキ

 ここから三原に向かうのだが、電車では面白くないということで、瀬戸内の海を回り道することにした。駅前の乗り場から生口島(旧瀬戸田町、現尾道市)の瀬戸田港行きの船に乗る。海は凪ぎ、島影が近い。

 瀬戸田の港から長い商店街が延びている。すぐのところの洋菓子店で「ふるさとレモン」と「レモンケーキ」を買う。途中の店が何となく黄色い。それもそのはず、生口島はレモンだけではなく各種柑橘類の島なのである。買って帰りたいが重いので断念。

生口島は穴子とタコの島
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生口島は穴子とタコの島

 生口島はまた穴子とタコの島。飲食店のメニューの中心がこの2つであった。商店街の途中でレモンケーキを食べた。表面が砂糖、中がカステラといった感じで、レモンの香りが高い。今風ではないところがさらに良い。

 この島で生まれた画家、平山郁夫の美術館まで歩いて港に戻る。

 再び船で三原へ。そこはタコまみれの町であった。連絡船の待合室の自動販売機にタコ。JRの駅に大きなタコのオブジェ。もみじ饅頭の1品に「タコもみじ」。

またしても…
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またしても…

 港に近い「お食事処 蔵」に向かった。巨大なタコの絵を掲げたタコ料理専門店である。ところが店の玄関に「準備中」の札。3度目である。だがここでもみんみんさんの突撃が実を結んだ。

「2人ならいいそうです」

 ありがてえ。

 小上がりに座って「おすすめメニュー」から何品か頼む。

 タコの味噌和え。タコの刺し身。タコイボバター焼き。イイダコの空揚げ。どれも東京感覚だと2人前。それで300円台から500円台なのである。イイダコの空揚げは初体験。なんとまあ、いけますね。ちょっとかんだだけで新鮮さがわかる。

タコ酒
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タコ酒

 タコ釜飯ができるまで「タコ酒」をやる。昨夜はでべら酒。今日はタコの足を乾燥させてあぶったものが浮かぶタコ酒である。

 羨ましいですか?

 タコ釜飯をかき込み、お茶で口をさっぱりさせて店を出た。

 駅前の商業施設をのぞいたら「はっさく大福」を売っていた。

はっさく大福、果肉が詰まっている
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はっさく大福、果肉が詰まっている

「全部、私たちがはっさくの皮をむいて1個1個手で袋から実を取り出して作るんですよ。大変なんですよ」

 店の若い女性が笑った。

 1個買って目の前の広い空き地で試食した。賞味期限2日という大福の中には掛け値なしのはっさくの実がいっぱい詰まっている。果汁があふれる。大変良い。

 ところでこの駅前の空き地には何があったのか。通りかかった地元の人に聞いて、そこがデパートの天満屋跡であることを知った。地方都市のデパートは苦戦を強いられているが、それにしても……。

「朝日養素」は不在
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「朝日養素」は不在

 さあ、次だ。

 私たちが目指したのは「朝日養素(ようそ)」という会社である。恐らく日本で唯一の玄米を原料にした健康飲料を作っている会社はすぐに見つかったが、ドアに鍵がかかっている。事前の調査で同じビルにある雑貨店兼カフェで飲めることがわかっていたので、そちらに回った。

 店は周囲に不似合いなほどおしゃれである。目移りするような雑貨、小物が置かれた棚が並び、その奥にカウンターがある。

近くのカフェでゲット
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近くのカフェでゲット

 店に不似合いなおじさん2人組はずかずかと入ってカウンターの女性に声をかけた。

「朝日養素はありますか」
「ありますよ」

 と答えた女性の顔にかすかな笑みが浮かんだ。

 カフェのテーブルに2本の瓶が運ばれてきた。これである。

「玄米精乳」「健康の素」の文字。

 成分表示を見ると「玄米、米こうじ、ごま、重曹、食塩、シナモン」とある。無添加の無着色である。

 実は店の女性こそ社長夫人なのである。

朝日養素の成分表示
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朝日養素の成分表示

「大正のころ製造を始めて、機械は新しくしましたが、いまもその当時の通り夫が作っています。毎日50本宅配していますが、保存料を入れていないので、店で売ったりとか地方発送とかできないんです」
「つまり、この店に直接来ないと飲めない?」
「そうですね」
「でもカフェのメニューにも載っていませんが」
「はは。知っている人しか養素を注文しませんから。だいたい男の人ですけど」
「ということは私たちが入ってきた時点で養素目当ての客だとわかった?」
「わかりましたよ」

 三原商工会議所のデータによると、創業は1918(大正7)年である。従業員は1人。つまり社長だけでやっている。

駅にあるタコのオブジェ
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駅にあるタコのオブジェ

「夫は4代目です」

 飲んでみた。玄米が主原料なので、どろっとした飲み物かと思っていたが、もっとすーと飲めるものであった。かすかな甘みは麹からのもの。

「甘いものが貴重だった時代は、この甘さでも十分に喜ばれたらしいです」

 1本160円。

 いつまでも大正の味を守っていただきたいものである。

タコ足の天ぷら
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タコ足の天ぷら

 商店街に出て「おはぎの店 こだま」を目指す。おはぎ、弁当、総菜などが並び、人通りが少ない商店街にあって、この店は客が引きも切らない。人気店である。

 買ったのはウミヘビじゃなかった、アオダイショウじゃなかった、タコ足の天ぷらである。パックの中でとぐろを巻いている。細かく刻んで食べるのであろう。このままではかみ切れない。

 駅前の店でタコが入ったもみじ饅頭「たこもみじ」を確認し、スーパーで「スマック ゴールド」を買う。

うにクレソン
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うにクレソン

 輸入コーラの販売が自由化されるのに備え、日本の清涼飲料水業界が各地で対抗商品をつくった。スマックもその一つで、三原など限られた地域で生き残っている。北海道や宮崎の「ガラナ」などと親戚筋に当たる。これは帰りの飛行機の中で飲んだのだが、甘みを抑えた上品なクリームソーダであった。焼酎の割材としても使えそう。

 電車で広島市に行き、実食編最後の晩餐である。デスクと合流して飲食店がひしめく一角に店を構える「中ちゃん」に入る。本編で注目を集めた「うにクレソン」がターゲットである。みんなで1皿のうにクレソンを突っつき、最初から赤い物がかかっている牛すじの煮込みを突っつき、ネギ焼きを突っつき酒を飲んだ。

パフェ風「揚げもみソフト」
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パフェ風「揚げもみソフト」

 3月9日。ホテルの朝食に出た「がんす」を食べて厳島神社に向かった。山陽本線で宮島口へ。そこからフェリーである。日曜とあってフェリーは大勢の客でにぎわい、着いてみると門前町も神社も人であふれていた。

 門前町に連なる店は飲食店ならあなご飯一色。土産物ならもみじ饅頭としゃもじ一色である。途中の店でデスクが「揚げもみじ」(高カロリー)を食べる。

 参道から神域に入ったが、ここも真夏の湘南海岸並み。落ち着かないったらありゃしない。カメラをどこに向けても知らない人が写ってしまう。なんだか人に疲れてきた。

厳島神社も観光客でいっぱい
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厳島神社も観光客でいっぱい

「帰ろうか」
「いやだい、いやだい。ぼくはもっと遊ぶんだい」

 などとぐずらなかったところをみると、デスクも同じ気持ちだったらしい。フェリーに乗って広島市内へと取って返した。

 ネットで調べ物をしていたデスクが電車の中で言った。

「西広島駅の近くにホルモンの店があるようです」
「行ってみようか」

 飛行機の時間は夕方近く。まだかなり余裕がある。

まな板と庖丁
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まな板と庖丁

 ネット上の地図を頼りに着いたのが「中華そば 天ぷら」の看板を掲げる「あきちゃん」という店であった。「ホルモン」の文字はない。

 ガラっと引き戸を開け、テーブルに座った私たちの前に、いきなり出てきたものがある。まな板と庖丁であった。「天ぷら」というのは問答無用にホルモンの天ぷらでたった。

 本編に登場した「たかま」ではまな板と庖丁は基本的に登場しなくなったと聞いていたので、予告もなく現れたまな板&庖丁にびっくりしたのだった。見れば、すぐ後ろの家族連れもまな板と庖丁を駆使してランチの真っ最中である。

ホルモンの天ぷら
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ホルモンの天ぷら

 壁のメニューには「天ぷら せんまい ビチ オオビャク ハチのス チギモ 野菜類」とあり、各110円。「白肉」は別立てで120円である。

「何頼む?」

 迷う私にデスクは言った。

「全部食べましょう。でんがく汁も」

 そして野菜類を除く全6品を注文したのである。食べきれなくても知らんけんね。

でんがく汁
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でんがく汁

 やがて届いたホルモンの天ぷらを切っては食べ切っては食べ、とはいかず、白肉1切れを口に放り込んで飲み下したのであるが、デスクは切っては食べを繰り返していたなあ。

 でんがく汁というのは、ホルモンが入った吸い物で、これにうどん玉を入れると、でんがくうどんになる。

 私は自分で選んで皿にのせる形式のおでんがあったので、柔らかそうなのをいくつか口に運んだ。

 締めにラーメンを食べた。

ホルモン天ぷらラーメンできました
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ホルモン天ぷらラーメンできました

 デスクは残しておいた天ぷらをラーメンにのせて「ホルモン天ぷらラーメンできました」とか何とか言いながら、平らげていたのだった。

 もう十分食べたし、早めに空港に行こうかということになって、重くなった腰をあげたのだった。

デスク 今回、広島県実食編の旅で、野瀬のナビゲーターをつとめていただいたみんみんさんから、旅の感想をメールでいただきました。

刃渡り12センチ
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刃渡り12センチ

 今回、「広島県実食編」にお供させていただき、ありがとうございました。

 思えば、広島の知られざる食の方言「ホルモン天ぷら」について「食べ物新日本奇行」に投書したことがきっかけとなり、実際に野瀬さんを店にご案内したのが2003年7月のこと。

 ホルモン天ぷらの店のテーブルの上に置かれた「刃渡り12センチ」を見て、野瀬さんが狂喜乱舞したあの様子は、いまも忘れることができません。

 今回、11年ぶりに野瀬さんたちを広島にご案内するにあたって、あの「刃渡り12センチ」を超えるものをご案内できるだろうかどうかが心配でした。

油クリームでにっこり
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油クリームでにっこり

 ウニクレソン、広島ラーメンの背景にあった天理教など、今回の広島県編への投書では驚いていただけたものの、実際に見て食べて狂喜乱舞してもらえるという確信は持てません。

 ですので、さらに調べました。ネットはもちろんですが、福山に住む大学時代の後輩女性「だんごちゃん」に、かつて広島で最高の飲み仲間だった女性「REE」さんの協力も得て。

 そして用意したのが「でべら酒」「アブラパン」「おはぎ屋のタコの天ぷら」「たこもみじ」などなど…。

 これら秘密兵器を、野瀬さんが実際にどう感じたかはわかりません。

嬉々として写真に収める
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嬉々として写真に収める

 しかし、福山・鞆の浦で見つけた「アブラパン」の一種、クリーム入りの揚げパンの裏に貼られた商品名が「油クリーム」であるのを見たときのあの野瀬さんの目の輝き。

 その後、嬉々として写真に収めるときのはしゃぎよう。

 いつもはクールでかっこいいオヤジであるはずの野瀬さんがここまで変わるものかと思えるほどのものでした。

 また翌日、三原に上陸し、「タコ酒」をはじめ数々のタコ料理を踊り食いしたあとのことです。

「おはぎの店でもタコの天ぷらを売ってるらしいですよ」と誘っても、もはや野瀬さんは興味を示しません。

おはぎの店でもタコの天ぷら
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おはぎの店でもタコの天ぷら

 しかしすぐ近くに店はあるので引きずるようにして連れて行くと、巨大なタコが!

 隣のお弁当の箱の大きさと比べたらそのデカさがわかろうというものですが、40センチはあろうかというタコの足がそのまんま一本丸ごと天ぷらにされています。

 まさに「ダイオウタコ」と呼びたくなるような威容です。

 これを見たときの、野瀬さんの豹変ぶりったらありませんでした。

「ほらっ、写真写真!」「買わないとなくなっちゃいますよ」

弁当2つ分に匹敵
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弁当2つ分に匹敵

 さっきまで無関心だったはずのおじさんが狂喜乱舞です。バシバシ写真を撮りはじめます。

 そしてすぐに「デスクに食べさせよう」と二人の意見は一致しました(自分が食べるとはどちらも言わない)。

 あの日の夜、「ウニクレソン」の店でデスクに進呈しましたがちゃんと一本まるごと完食していただけましたでしょうか。

 唯一の心残りは、広島のある居酒屋の名物メニュー「ハヤシライス」を食べられなかったことでしょうか。

秘密兵器
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秘密兵器

 ハヤシライスとは言ってもデミグラスソースは使いません。肉と大量のタマネギをソースで炒めてご飯にかけただけのものなのです。どうやって調合したのかはわかりませんが、味はほとんどお好みソース。

 …そこまでソースが好きなのか。

 私が広島に転勤した直後に受けた、生涯有数の衝撃をぜひ野瀬さんたちにも実感していただきたかっただけにとても残念でした。

 もし今回、少しでもお役に立てたようでしたら嬉しいです。また何かの機会がありましたらご一緒させていただけたらと思います(みんみん(♂)さん)

野瀬からおしらせ 私自身が驚いているのだが、テレビの音楽番組にレギュラー出演することになった。

 番組は4月からBSジャパンで始まる「あの年この歌」。ある年をとりあげ、その年に起きた音楽上の「事件」を、世相や流行なども話題にしつつ、にぎやかに考えようという内容である。

見てね
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見てね

 ジ・アルフィーの坂崎幸之助さん、高見沢俊彦さんが3週交代で出演し、司会はテレビ東京の佐々木明子アナである。

 収録では坂崎さんがギターで次々に曲を弾いてくれ、私は無料で楽しめた。

 監修の富澤一誠さんは「これまでなかった音楽報道番組にしたい」と張り切っている。

 放送は毎週火曜日午後10時54分から30分で、初回放送は4月1日。

 毎回衣装を替えなければならないので、ユニクロに行く回数が増えそうである。

 本当はあまり見てもらいたくないのだが、一応「見てね」と言わなくては。

デスク 来週からは山梨県編がスタートします。山梨県に関する「おいしい情報」のメール、心よりお待ちしております

(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


★今週のおかわりは「デスク版実食編 広島ラーメン、激辛つけ麺、暴れ食い」「府中で笑顔いっぱい〜関西・中国・四国B-1グランプリ」です。ぜひお読みください。

広島県編(その1) 「ウニクレソン」で「がんす」

広島県編(その2) 消えた包丁、ホルモン天

広島県編(その3) 天ぷら中華はどこにある?

広島県編(その4) 辛ければいいのか? 君たちは


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2014年3月28日

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