時間差秋田実食編 馬肉ラーメン、100万馬力



本場大館のきりたんぽ
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本場大館のきりたんぽ

 2013年10月12、13の両日、「第41回本場大館きりたんぽまつり」に招かれ、秋田県大館市に行った。

 秋田県は何度も訪れているが秋田市、横手市、大仙市など県央から県南に偏っていた。以前から県北に関心を持っていたものの、これまで行く機会がなかった。しかし大館市のご厚意によって、ようやく県北の旅が実現したのである。

 12日は暗くなって着いた。ホテルにチェックインしてすぐに宴会。行ってみてわかったのだが、顔ぶれは「きりたんぽ」関係ではなく「ハチ公」ゆかりの皆さんであった。

大館市は秋田犬の故郷
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大館市は秋田犬の故郷

 忠犬ハチ公に代表される秋田犬の故郷はここ大館市。宴会場には市長の小畑元さん、秋田犬保存会会長の富樫安民さん、忠犬ハチ公銅像維持会の千葉雄さん、ハチ公生家現当主の齋藤良作さん、それに渋谷駅長の中野真一さんといった方々が並ぶ。私なんかいていいのだろうかと思いつつ酒が入ればタガも外れて、店の女性に「お酒ください。一番安いのをバケツで」などと言っていた。

 翌13日朝、まずJR大館駅のホームにある「ハチ公神社」に据えられた新しい賽銭箱の除幕式をのぞいた。

新しい賽銭箱の除幕式
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新しい賽銭箱の除幕式

 阿部和彦大館駅長によると神社が建てられたのは1989年のこと。ハチ公像は発泡スチロールでできていた。2009年に現在の銅像が置かれ、今日に至るが、駅のホームに神社と名のつくものがあるのは全国でも大館駅だけらしい。

 時間になると祝辞などがあっていよいよ除幕式。パンパカパーンで曲げわっぱの賽銭箱が姿を現した。賽銭を入れると「わんわん」という秋田犬の声がする仕組みで、ほのぼの感が漂う。

天然記念物の子犬
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天然記念物の子犬

 会場を駅前に移し「ハチ公生誕祭」が執り行われた。今年はハチ公の生誕90周年であるそうな。ここでも祝辞などがあって地元幼稚園や小学校の代表が駅前にある2つの銅像に献花した。バースデーケーキへの入刀もあり、やはりほのぼの感満載である。

 会場に本物の秋田犬がいて天然記念物の触り放題であった。私も子犬の背中をなでてみたが、我が家のマルチーズもどきと違って毛に張りがあった。

 大館の皆さんにとってハチ公は郷土の誇り、終わりのない物語、かけがえのない宝である。というより神社があるくらいだから神様なのかもしれない。

「きりたんぽまつり」の会場
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「きりたんぽまつり」の会場

 ということで「きりたんぽまつり」の会場である「樹海ドーム」に向かう。白い外観のドームは巨大である。屋根は秋田杉の集成材でできており、木造のドームとしては世界最大級。

 そこに入る前に棟続きの建物をのぞいた。きりたんぽの講習会、秋田杉のマイ箸づくり教室、曲げわっぱの組み立て体験などをやっている。

 目につくのが小中学生のボランティアで、1000人規模に達するそうである。そして700人余の大人のボランティア。地元の小学生から高校生までが運営を支えるB−1グランプリとは趣旨が違うものの、地元のイベントに子どもたちも含めて大勢の市民が関わるのは実にすばらしいことである。

杉の集成材をつないだ梁による幾何学模様
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杉の集成材をつないだ梁による幾何学模様

 さて、いよいよまつりの本会場に。ドームに入って思わず天井を見上げた。ご覧のように杉の集成材をつないだ梁が美しい幾何学模様を描いて全天を覆っている。ここはドーム球場なのである。球げた。

 出店しているのは市内外の個店である。ひときわ長い行列ができているのは明治35(1902)年に初めてきりたんぽをメニューにのせた料亭「北秋くらぶ」のテントであった。社長で「秋田名物本場大館きりたんぽ協会」会長でもある石川博司さんは「うちは元々、料亭街の中の1軒で、ほかの料亭もきりたんぽを出していたようです。ただ文献で確かめられるという意味で、うちが最も古い」と話してくれた。

北秋くらぶのブース
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北秋くらぶのブース

 北秋くらぶの出しは比内地鶏のガラと醤油と酒。砂糖やみりんは加えない。甘味はネギやなどの野菜から出る。

 小畑市長は「鍋を仕立てて鶏肉で1杯、マイタケやネギで1杯。最後に残った出しにきりたんぽを入れ、うま味を十分に吸わせていただき、締めにします」と言う。ということは甘味が強いと酒の友にはなりにくいから、北秋くらぶの味付けは大人好みということになろうか。

 いろいろな店が様々な味のきりたんぽを売っているので、私たちは実行委員会が市民のアンケートなどをもとにこしらえら「きりたんぽ専用だし 郷味(さとみ)」で仕立てたものを食べることにした。

「おっ」と声が出た
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「おっ」と声が出た

 一口出しを啜ると「おっ」と声が出た。ぐーんと味に奥行があって、飲み下してもしばらく舌にうま味が漂っている。比内地鶏のガラからはよく出しが出るとは言うけれど、これはただものではない。

 肉も柔らかく、十分な味わいを携えている。ネギの甘いこと。セリの香りの高いこと。マイタケは言わずもかな。新米の、おそらく「あきたこまち」でつくったたんぽは、もっちりこんがり、外カリ中フワで、はふはふといただいた。

「比内鶏」は昭和17(1942)年に国の天然記念物に指定されているので食べることはできない。比内鶏の雄とロードアイランドレッドの雌を交配した一代雑種である「比内地鶏」を食べているのである。

キムチ味きりたんぽ
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キムチ味きりたんぽ

 きりたんぽは新米が出回るころにシーズンが始まる。ではシーズンの終わりはいつかというと、あってないようなもの。要するに人が集まると年中やるのである。

 目の前に別の店のきりたんぽが登場した。キムチ味も出てきた。キムチ味はご遠慮した。

 きりたんぽは大館、鹿角、北秋田の共通の郷土料理である。このため本場とか元祖とか本家とか発祥の地とかいろいろな地元意識がからんだ呼び方をしているようであるが、米代川流域の共通財産であることは間違いない。同一文化圏の証であろう。

「馬」が目についた
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「馬」が目についた

 さて会場を回って目につくのが「馬」の文字である。それも馬刺しのようなものではなく、馬肉やスジ、馬モツを煮たものが主流である。

 ここで驚いていただこう。

「馬肉ラーメン」

 参ったか。参んない? ではこれでどうだ。

「馬肉うどん」

 参った?

肉皿
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肉皿

 基本は馬肉の醤油煮である。これを皿に盛ったものを「肉皿」という。牛丼店の「肉皿」とはワケが違うんだぞー。

 それの汁を切ってチャーシューの代わりにのせたものが馬肉ラーメンである。

 煮込み馬肉の味をお湯や出しで薄めて、ゆでたうどんの上からがばっとかけたら馬肉うどんとなる。

 馬肉を用いたうどんということになると富士吉田の吉田うどんがある。味噌味の出しに煮た馬肉、ゆでキャベツで吉田の肉うどんが完成する。

馬肉うどん
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馬肉うどん

 ただし、ここ北秋田のように馬肉で取った出しをつかったうどんを私は知らない。

 案内してくれた大館市観光課長の一関雅幸さんは昭和33(1958)年生まれ。

「小学生か中学生のころよく『肉そば』を食べました。大鍋で煮た馬肉を手鍋ですくい、薄めて温めます。それをゆでた中華麺にかけたものです。馬肉味です」

 馬肉うどんと同じ作り方だが、単に「肉そば」と呼ぶところに凄みがある。

馬ホルモンも
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馬ホルモンも

「馬肉ステーキの専門店、馬肉専門の精肉店もあります」

「5月下旬から6月にかけてタケノコ(姫竹)がとれます。それを馬肉と一緒に甘辛く煮たものを缶詰にして親戚に配ります」

 県南の大仙市辺りでは山菜を缶詰にして配るが、ここは馬肉である。

「秋田内陸縦貫鉄道の阿仁合駅構内の食堂では馬肉ラーメンが人気です。馬肉だけを買っていく客もいるそうです」

うどんの出しは馬肉味
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うどんの出しは馬肉味

 私はこんな話を聞きながら、正直驚いていた。信州や九州、青森県の南部地方といった馬肉食文化地帯と比べても、馬肉料理と生活の密着度が桁違いである。

 前夜の宴席でハチ公銅像維持会の千葉さんが話していたことを思い出した。千葉さんは昭和5(1930)年生まれ。

「子どものころ、当時は大館よりにぎやかだった比内町扇田の旅館から馬肉のごった煮の『かまり(におい)』がして、食べたくて仕方がなかったものです。親から禁じられていたので食べられませんでしたが、ああ食べたかった」

会場のあちこちに馬肉料理が
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会場のあちこちに馬肉料理が

 旧比内町や大館には市日(いちび)があって馬の競(せり)も盛んだった。

「十和田湖の向こうから運ばれてきた馬が、この辺りで競にかけられ、米代川の舟運で能代に行きました。能代から北前船で京に送られたと聞いています」

 秋田県北部と馬との関係には長い歴史が横たわっている。

 12〜14日の会期中、最終的な来場者は11万6000人に上るのだが、そんなにぎわいをみせる樹海ドームを後にして、市内のスーパーに行った。地元資本のスーパーの肉売り場にはちゃんと馬肉のモツが売られていた。表示は「会津産」。

鉱山労働者を支えた馬肉食文化
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鉱山労働者を支えた馬肉食文化

 秋田県北には尾去沢鉱山、阿仁鉱山など、多くの鉱山があった。そこで働く人々にとっての脅威は「よろけ(けい肺)」。鉱物片が肺に刺さる病気で、鉱山労働者の寿命を縮めた。

「よろけ」に効くと信じられていたのがコンニャクと馬肉であった。そんな訳で、鉱山周辺では明治維新前から公然と、それも薬食いとして馬肉が食べられていたのである。中でも阿仁辺りでは馬肉を煮たもの、馬モツを煮たものは「なんこう」と呼ばれていた。

陽気な母さんの店
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陽気な母さんの店

 明治政府が北海道の炭鉱を開発するにあたって秋田の鉱山で働いていた人々が即戦力として北海道に移住した。

 その結果、人々とともに馬肉食も持ち込まれ北海道の旧産炭地、歌志内市には馬ホルモンを煮た「なんこ」が食の産業遺産としていまも残っている。

 と、秋田県北の馬肉文化について考えた後で「陽気な母さんの店」へ。

 市内の主婦たちが補助金なしで立ち上げた物産館を兼ねた店である。

魔法の万能スープと魔法のみそドレッシング
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魔法の万能スープと魔法のみそドレッシング

 小さな食堂も併設されている。

 そこでハタハタの魚醤が入った「魔法の万能スープ」、鳥ガラ出しが効いていそうな「魔法のみそドレッシング」を買う。どちらも当店のオリジナル。

 ほかに「バター餅」と郷土菓子「明がらす」にも手が出た。

 バター餅は餅とバターを一緒に搗いたもので、冷めても硬くならない。最近、人気の餅である。食感は羽二重餅に似ている。

直径3.8メートル
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直径3.8メートル

 さらに車を走らせ北秋田市鷹巣の「大太鼓の館」へ。

 なぜ大太鼓かというと、700年前から上町と下町が交代で綴子(つづりこ)神社に奉納する「綴子大太鼓祭り」が受け継がれてきた。国産牛の1枚皮で太鼓を作るのだが、どんどん大きくなって最大で直径3.8メートルに達した。

 写真のように、とにかくデカい。これを太鼓の上と下から6人で叩くという。壮観であろう。

 隣の道の駅には各種バター餅がずらり

空港にも「馬肉ラーメン」の看板
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空港にも「馬肉ラーメン」の看板

 そして外のテントでは「馬ホルモンの煮込み」の実演販売である。本当に馬肉食が盛んである。

 時間になったので大館能代(北秋田)空港に向かった。

 着いてみれば玄関に「馬肉ラーメン」の看板がある。上のレストランの自慢のメニューということか。そのレストランの前で写真メニューに見入る。

馬肉御膳」がある。

「馬肉そば・うどん」は「比内地鶏そば・うどん」と互角の戦いを繰り広げているのであった。

互角の戦い
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互角の戦い

 知らなかったとはいえ、この馬肉の馬力はなんということか。

 初めて訪れた秋田県北は、きりたんぽと馬肉に覆われていた。そして忠犬ハチ公は大館の皆さんの心に、いまも生き続けている。

 実り多い1泊2日の旅であった。

 羽田に向かう機中で、出会った方々の顔と声を思い出しながら「日本はいいなあ」とつぶやいたのであった。

(特別編集委員 野瀬泰申)


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2013年10月18日

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