第89回 山口実食編(前編) 徳山の屋台で飲んで日が暮れて

特別編集委員 野瀬泰申


 お待たせしました! 昨年11月25日から12月22日まで掲載した食べB山口県編。やっとこさ実食編にこぎつけました。間に「被災地を行く 500キロの旅」が入ったこともあり、半年近くのタイムラグを経ての山口への旅となりました。

 九州・福岡県そして広島県に隣り合わせ、山陽と山陰とが結ばれる場所でもある山口。果たして何を食べてきたのか? 山口実食編、満を持して登場です。

 そうそう、今週から更新時間が毎週金曜日の15時からお昼に繰り上がりました。

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新岩国駅の鵜飼いのディスプレー
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新岩国駅の鵜飼いのディスプレー

 被災地の旅に出かけたために、実食編の取材が滞っていた。何とかしなくてはいけないのだが、時間がない。デスクとカレンダーをにらんだ末の結論は「連休をつぶすしかあるまい」というものだった。

 そんなわけで世間が家族旅行などでにぎわっている最中の4月27日、私とデスクはむさ苦しいなりをして山口県に向かったのだった。

 といっても準備の時間がなかったので「別行動」「成り行き任せ」という方針で臨むことにした。2人で同じ所を回っても無駄である。別々の場所で個別に取材した方が広域をカバーできる。私は新幹線で新岩国に、デスクは寝台列車で倉敷から山口県に向かった。

錦帯橋
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錦帯橋

 新岩国駅に着いたのはお昼過ぎ。改札を出ると鵜飼のディスプレーが目についた。城下町岩国を流れる錦川には夏になると鵜飼船が出て、観光客を楽しませる。ただ、この鵜匠はイケメンすぎませんか?

 デスクとの合流場所は在来線の岩国駅だった。新岩国からタクシーで行く途中に国の名勝「錦帯橋」があるので立ち寄ることにした。

 実物の錦帯橋を見るのは初めてであった。優美な半円をいくつも連ねた木造の橋。天気は快晴。「気象庁黙認晴れ男1級」の資格が存分に威力を発揮した。

 デスクを待たせてでも錦帯橋に寄ろうと思ったのには理由がある。

岩国のシロヘビは天然記念物
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岩国のシロヘビは天然記念物

 亡くなった父は川釣りが趣味だった。日曜ごとにどこかの川に出かけ鮠(はや)や鮎を釣ってきた。鮠は甘露煮にして晩の食卓に上り、翌日の弁当のおかずになった。

 あるとき父は珍しく泊りがけで釣りに行った。日曜の夕方、重くなったクーラーボックスを抱えてニコニコしながら戻ってきて言う。

「キンタイキョウまで行ってきた。よう釣れた」
「キンタイキョウちゃ、どこにあると? 筑後川ね?」
「うんにゃ、山口県の岩国ちゅうとこにあると」

 その橋の下で釣り糸を垂らすと、面白いように釣れたのだという。

巨大リュック
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巨大リュック

 私は錦帯橋を見下ろす堤防に立って、橋の周辺に釣り人がいないか探してみた。鵜飼船が何艘かもやっていたが、川の中に人影はない。

 ふと、澄んだ流れに腰まで浸かって釣竿を操る父の姿が見えたような気がした。と書くと余りにあざといけれど、ほんの一瞬、そんな幻視をしたのも事実だった。

 亡き父には久留米の家の仏壇で会える。お寺の納骨堂でも会える。そして私は錦帯橋でも父と会ったのだと思った。

 タクシーが岩国駅に着くとリュックが、ではなくてデスクが所在無げに私を待っていた。父を追慕する時間は断ち切られ、実食編取材という難行が始まることを告げられたのだった。

お好み焼き屋の隣もお好み焼き屋
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お好み焼き屋の隣もお好み焼き屋

 駅前を少しうろうろして写真を何枚か撮った。確かに岩国にはお好み焼きの店が多い。岩国は東で広島県と接し、安芸の宮島は目と鼻の先である。お好み焼きの店が多くても不思議ではない。店の前に置かれたメニュー写真を見ると、ほとんどが「そば入り」「うどん入り」の重ね焼き。つまり広島スタイルである。

 デスクは行き当たりばったりでお好み焼きの店に入り、私は駅構内にある店で岩国寿司を食べることにした。その別れ際、自転車で後ろから来た男性がデスクに声をかけた。

「そのリュックはどこで買ったんですか?」
「これですか。これは店に売っていなくて○×▽のホームページで何とかかんとか」

 かなりの年配らしいその男性は「ホームページ」という言葉で思考停止状態になったようで、もごもご言いながら立ち去った。

 そりゃ気になるよね、デスクのリュック。家財道具一式が入りそうなデカさである。ときどきサイドポケットから冷蔵庫がはみ出ている。

岩国寿司
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岩国寿司

 デスクと別れ駅構内の店に入った私は岩国寿司とうどん、それにおかずが付いた日替わり定食を注文した。うどんは西日本のものなのでおつゆは金色、うどんはべろべろ。こうでなくてはいけない。

 岩国寿司は生ものが入らない「ちらし寿司」を押し固めてある。岡山の祭り寿司と同系統である。ほとんど同じと言っていい。

 うどんをあらたか片づけて寿司に取り掛かったのだが、見かけは小さくても圧縮されたご飯の量は侮れない。侮れないどころか相当なものである。どうにかこうにか頑張って食べ終えた。

重ね焼き
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重ね焼き

 デスク、お好み焼きはどうだった?

デスク 僕が入ったのは「お好み焼き こはま」。事前の下調べなくふらっと入ったのですが、偶然にも岩国でも老舗のお好み焼き屋さんだそうです。

 岩国のお好み焼きは広島風の重ね焼き。生地に材料を混ぜるのではなく、薄く焼いた生地の上に具を重ねて焼きます。お店の方曰く、広島風のお好み焼きが全国的に注目されるようになったのは昭和38年に「お好み村」ができて以降のことで、岩国では戦後すぐから重ね焼きのスタイルが好まれてきたそうです。

うどん入り
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うどん入り

 興味深かったのは、麺が焼きそばかうどんを選べること。東京もんとしては、当然なじみが薄いうどんバージョンを選択しました。ちなみにそば、うどんともにダブルにすることも可能ですが、先があるので泣く泣くシングルにしました。

 鉄板でうどんを炒めて軽くソースで味付け。これを薄く伸ばした生地の上にのせます。広島風お好み焼きは、生地の上にキャベツと具をのせてひっくり返し、蒸し焼きにしている間にそばを炒めるのですが、岩国は「まず麺」が基本なのだとか。下から生地、うどん、キャベツ、具の順にのせ具の上からさらに生地をかけてひっくり返します。

岩国のお好み焼き、完成
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岩国のお好み焼き、完成

 じっくり蒸し焼きにしたところにソースをはけで塗って、青のりをかけ、へらで食べます。

 思いの外あっさりなんです。天かすもたっぷり入っているのですが、くどさは感じませんでした。あちあちをはふはふで食べ進めます。いやぁ、うどん入り美味いじゃないですか。しかもシングルでじゅうぶんお腹に効く量でした。


 再び合流した私たちは、近くのコーヒー専門店に入って打ち合わせした。岩国から西に向かうと下松がある。徳山もある。その先は下関。

岩国といえば蓮根
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岩国といえば蓮根

 結論。私はこのまま電車で徳山に行って泊まる。デスクは下松で途中下車して牛骨ラーメンを食べ、それから山口に向かう。翌日「バリそば」に取り組んで下関で私と落ち合う。

 さあ、行こうか。

 下松までデスクと同じ電車だが、デスクは自分の体と同じくらいの大きさのリュックを抱えていて、余りの重さで網棚に持ち上げられない。そこで電車の座席の半分にデスクが座り、残り半分にリュックを置いた。

 隣の座席に腰かけて見ているとデスクとリュックのどっちが偉いのかわからなくなる。堂々として動かないリュックの方がご主人様みたいであった。

山陽線の車窓にも蓮田が広がる
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山陽線の車窓にも蓮田が広がる

 下松でデスクが下車。私は徳山で降りた。

 旧徳山市は合併で生まれた周南市の中心部を形成する。明治初期の海軍石炭燃料基地を起点とする周南コンビナートとともに栄えてきた。

 街中にはアーケードを備えた立派な商店街がある。人通りも少なくない。デパートもある。

 しかしながらコンビナートの中核企業である出光興産徳山製油所が2014年3月に撤退することが決まっている。地元にとっては大きな痛手になるかもしれない。

大津島には人間魚雷「回天」の基地があった これはレプリカ
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大津島には人間魚雷「回天」の基地があった これはレプリカ

 そんな徳山の町を歩いていると駅前で2軒の屋台が開店準備を始めていた。現場で働く人々が多い地域には屋台のような気軽な店があってもおかしくないが、徳山が屋台の町とは知らなかった。

「よし、今夜は屋台だ」と決めて駅構内をうろついていると立ち飲みの店があったのでびっくりした。びっくりした後で納得した。徳山は昔からコンビナートの町あって、そこで働く大勢の人々がいる。「駅で立ち飲み」もあっていいではないか。

 ということで今夜のルートが簡単に決まった。

徳山駅の立ちのみ屋
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徳山駅の立ちのみ屋

 西日本の遅い夕暮れを待って駅構内の立ち飲み屋の客となった。品数はそこそこだが、どれも安い。

 ウーロンハイとキュウリの浅漬け、焼き鳥2本を注文する。立ち飲みといっても奥には椅子がある。最初は立って飲んでいたのだが、疲れてきたので椅子席に移動。年齢相応の行動であった。

 時間を見はからって屋台ののれんをくぐった。目の前におでんの鍋がある。牛筋が煮えていて関西風である。牛筋の隣にあるのは何だろう。

徳山駅前の屋台
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徳山駅前の屋台

「牛肉の煮込みです」

 珍しいおでんネタである。

 この店には「トンコツ」「味噌」「醤油」と3種類のラーメンがある。なのにトンコツスープを煮出す匂いがしない。

 そこに大きな体の白人が1人で入ってきた。

「アサヒの大瓶とラーメン」

 その辺のおじさんと同じ口調であった。

「ラーメンは何ラーメンにしますか」
「トンコツでお願いします」

屋台のおでん
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屋台のおでん

 店を切り盛りしているのは2人の愉快なおじさんだった。

 そのうちの1人がラーメンをつくり始めた。最初に釜の横にあったペットボトルを丼の上で傾けた。正真正銘の業務用濃縮トンコツスープである。

 麺はラーメンの種類によらず、すべて中細のストレート麺。九州各地のラーメンと比べるなら鹿児島ラーメンに似た麺である。

 白人のお客さんは瓶ビールをコップで飲みながら、ラーメンをすする。手慣れたものである。

 次にやってきた若いサラリーマン風もビールとトンコツラーメンであった。同様に業務用濃縮スープを注ぐのであるが、徳山ではこれが当たり前なのであろうか。誰も当然のこととしている。

 私はラーメンは食べず、おでんでコップ酒。屋台の中での会話に耳を傾けた。しかしながら「昔は20軒あった屋台が、いまは7軒」ということ以外、特に書くような会話はなかったのだった。

青のれんの屋台
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青のれんの屋台

 ホテルに戻る道に別の屋台が店を構えていることを聞いていた。そこをのぞく。駅前の2軒の屋台が赤いのれんだったのに対して、こちらは青が基調である。そのうちの1軒に入った。

 先ほどの屋台と同じく各種ラーメンがある。ということはあのペットボトルが活躍しているということであろう。

 そこでトンコツをやめて醤油ラーメンを頼んだ。ラーメンが出てくるまでメニューを観察する。

「牛角煮込み」とある。これも牛肉の煮込みであろう。

屋台のラーメン
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屋台のラーメン

 実は昼間にデパ地下をのぞいたときに、惣菜売り場で見かけていた。牛肉を四角に切って味噌味で煮込んだものらしかった。この辺独自の食べ物の可能性がある。

 そうこうするうちにラーメン登場。醤油といいながら東京の中華そばとはスープの色合いが違う。醤油の味もそれほど立ってはいない。どこかつかみどころがない、茫洋としたたたずまいである。

 食べ終えてホテルに向かう道すがら、ふと思った。

「ひょっとしてあれは牛骨ラーメンではなかったろうか」

 かつて鳥取実食編で食べた県央の牛骨ラーメンとスープの印象が近いような気がしたのである。

下松の牛骨チャーシューメン
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下松の牛骨チャーシューメン

 おうそうじゃった。デスク、下松の牛骨ラーメンはどうだった?

デスク 牛骨ラーメンについては行き当たりばったりではなく、下調べしておきました。いちばん有名なお店が駅からすぐ近いところだったので、一も二もなくそのお店へ。

 ただし、山陽本線はこのあたり、1時間に2本程度の運転間隔です。ラーメン1杯に1時間はちょっと長すぎ、さりとて30分は移動時間も考えるとかなりタイトです。その後、新山口で乗り換えて山口へという長距離移動が控えていましたので、次の電車までの30分で1本勝負に挑む決心を固めました。電車の中でiPadを使ってお店の位置を確認、降りたら一直線にお店へと向かいました。

牛骨ラーメンのタレ
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牛骨ラーメンのタレ

 店の手前には広大な専用駐車場があり繁盛店であることがうかがえます。お店の方がリュックを見て「山登りですか?」と声をかけてくれたものの生半可な返事をしてチャーシューメンを注文。出てきたのがこれです。

 牛骨のスープはもちろんですが、チャーシューがスゴイとの事前情報を得ていましたので、岩国のお好み焼きで膨れた腹ではあるものの、あえてチャーシューメンを注文したのでした。

 で肝心のスープ。予想外に脂が浮いています。色もちょっと濃いめ。ちょい濁り。好みに応じて足してくださいと机上にはタレの小瓶が置いてあるのですが、かなり味が強い。思いの外醤油が強い印象です。

ストレート麺
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ストレート麺

 一方で牛骨はくせがありません。少し濁っているのでトンコツに見えなくもありませんし、食べてみると鶏ガラ? といわれてもそうかなと思ってしまうほど。むしろ醤油のほうが前面に出ている印象です。

 チャーシューは薄く広く切られて、どんぶりから垂れ下がるように盛られています。スープの脂はチャーシューのせいかな。でもタレの小瓶にもうっすら脂が浮いていますので、チャーシューの煮汁をタレにしているのかなという感じでした。

 麺は九州に近いからなのかな。ストレート麺でした。

山口県実食編(その2) ばりそばは「ばり」「ずる」「つる」の三重奏に続く。

 


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2012年5月18日

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