おかわり とちまるショップは栃木県産品のトレンドスポット



とちまるショップ
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とちまるショップ

 栃木県の在京アンテナショップ・とちまるショップは昨年5月、東京・押上にオープンしました。

 押上に隣接する旧業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)は東武鉄道を通じて都心と栃木県など北関東を結ぶ拠点駅で、かつては栃木県などから鉄道で運ばれてきた物資が、ここで隅田川の水運へと載せかえられていました。その貨物駅跡がいま東京スカイツリーと大型商業施設・東京ソラマチが位置する東京スカイツリータウンとなりました。

 栃木県のアンテナショップが、都心のアンテナショップ集積地ではなくここ押上にオープンしたことには、そんな歴史的な背景があったのです。

ずらりと並ぶとちおとめ関連商品
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ずらりと並ぶとちおとめ関連商品

 とちまるショップは、大型商業施設の中にあるため、有楽町・銀座地区のアンテナショップとはやや客層が異なるのが特徴です。

 来店者の多くが、トレンドスポットを歩く中でめぐり合ったのが「たまたまアンテナショップだった」という人。このため幅広い層に興味を持たれるような品揃えを意識しているといいます。

 その代表と言えるのが、県産のブランドいちご「とちおとめ」の関連商品。

ドライトチオトメ
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ドライトチオトメ

 一番の人気商品は「ドライトチオトメ」。とれたてのとちおとめを1カ月かけてゆっくりと水分だけ抜いた無添加のドライフルーツです。ヨーグルトや紅茶に入れたり、アイスクリームに添えたり、さまざまな使い方ができます。

 また、栃木限定・キィティちゃんのインスタントコーヒー「ブレンディ・スティック」も人気が高いそうです。とちおとめ味のカフェオレです。

 ほかにもパスタどら焼きビスケットチョコレート…さまざまなとちおとめ関連商品がずらりと並び、人気を集めています。

地元住民にも人気
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地元住民にも人気

 東京ソラマチが、宇都宮や日光、鬼怒川温泉に通じる東武線の押上・とうきょうスカイツリー駅と直結しているということで、栃木県在住者の来店が多い点もとちまるショップの特徴です。

 例えばしもつかれ。栃木出身者が「懐かしい」といってよく買って帰るのだとか。

 周辺住民の来店が多いのも有楽町・銀座地区との違いです。押上・業平橋地区は東京スカイツリーの建設に伴って整備されたまちです。下町の住宅地といった趣が強く、今でも周辺には多くの住宅が立ち並びます。

日光の土産ものとレモン牛乳
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日光の土産ものとレモン牛乳

 そんな住民たちが、栃木産のトマトや干しシイタケなどを求めてやってくるのです。

 だからといって、いかにも栃木らしい商品が少ないかというとそんなことはありません。

 前面の「とちおとめコーナー」の後ろには、観光地として県内でも特に知名度の高い日光のおみやげが並びます。その奥には「栃木といえば」のレモン牛乳の冷蔵ケースが目に飛び込んできます。

 さらに那須高原の乳製品。チーズやバター、アイスクリーム、ミルクジャム、ぬるチーズなどが所狭しと並んでいます。

佐野ラーメンも品揃え豊富
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佐野ラーメンも品揃え豊富

 第1回で話題になった日本一の生産量を誇る、かんぴょうも天日干しを含め数種類販売しています。

 ゆばも冷蔵の生ものから日持ちのするものまで多数置いてありました。あと、コンニャク。実は隠れた人気商品です。

 そして麺類。栃木県といえば佐野ラーメンが有名です。全国的な知名度のラーメンだけに生麺から箱入りまで、多くの商品がそろっていました。お土産として地方に発送する人も多いそうです。

ずらりと宇都宮餃子
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ずらりと宇都宮餃子

 本編にもあったようにそば、うどんもよく食べられていますので、乾麺も豊富に扱っています。ちたけそばのたれも発見しました。

 塩原のスープ入り焼きそばも見つけました。第1回で話題になった有名店・釜彦のおみやげ商品です。ためしにスープ入り焼きそばを食べてみたいという人には、この持ち帰り用がいいかもしれません。

 宇都宮の餃子も欠かせません。奥の冷蔵ケースの大半が宇都宮餃子で埋め尽くされていました。人気店・みんみんの商品を中心に多くの店のさまざまな餃子を取りそろえています。

金谷ホテルの「チーズロード」
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金谷ホテルの「チーズロード」

 老舗の日光・金谷ホテルの商品も目にとまりました。シチューやカレーなどレトルト食品のほか、ピーナッツクリームやバター、都内では系列店の他はとちまるショップでしか買えないというホテルベーカリーのパンも販売していました。何でも円筒形のパンの中に小さく切ったチーズがちりばめられた「チーズロード」が人気だそうです。

 日光関連では、けっこう漬けやせんべい、和菓子なども並んでいます。

 酒類も豊富です。足利のワイナリー・ココファームの製品など、ワインの品揃えが目立ちました。もちろん日本酒も多くそろっています。地酒の人気ナンバーワンは、地元産米を原料にした「澤姫」。非常に人気が高く、売り切れが絶えないとのこと。

ワインもずらり
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ワインもずらり

 いちばん奥、ちょっと見にくい場所にあるのですが、僕がもっとも気に入ったのが工芸品のコーナーでした。

 栃木県にはいい窯元が多い。手ごろでいい陶器がけっこうそろっているのです。

 僕が普段家で使っているのは茨城との県境にある益子町の益子焼。落ち着いたものから華やかなものまで、上品で、実にいいものが多い。しかも比較的手ごろな値段で、普段使いの食器としてちょうどいいのです。

小砂焼
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小砂焼

 さらに岩舟町のみかも焼、日光市の鬼怒焼、那珂川町の小砂(こいさご)焼もありました。特に小砂焼は色合いがすごく魅力的。金結晶と呼ばれる金色の上薬が特徴なのですが、その色は僕の目には「土の色」に映ります。いかにも「土を焼いて作った」という自然の風合いを感じさせる色で、派手さこそないものの、さまざまな料理を上手に引き立ててくれそうです。

 そして栃木県といえば大谷石も有名です。大谷石を使った一輪挿しやキャンドルシェードなど。コースターなら気軽に買えそうです。

日光杉のそば蒸篭
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日光杉のそば蒸篭

 さらには日光杉を使った木工品も気に入ってしまいました。そば蒸篭、取材中にもかかわらず、買って帰ろうかどうか真剣に悩んだほどです。

 ほかにも店舗の一角では、地元から商品を持ってきたお店が、日替わりで出張販売を行っています。栃木県産品がこれでもかと並んでいます。

 食べBを読んで栃木の魅力に触れたら、気になったら、まず「とちまるショップ」をのぞいてみてください。きっと「素敵な栃木」に出合えるはずです。

(デスク)

2013年1月18日



◇  ◇  ◇


ぎずもさんの「じゃがいも入りやきそばのルーツを探る」


証人探しに苦戦した「じゃがいも入りやきそば」のルーツ

「第54回 群馬ご当地グルメ(その4前編) イモと言えばジャガイモじゃが」にこんな記述が残っています。
『群馬編第2回でポテト入り焼きそばが登場しましたが(中略)足利・桐生市では「ポテト入りやきそば」、栃木市では「じゃがいも入りやきそば」と呼びます。
 この起源には「ポテト」という食べ物があったようですが…。続きは栃木県編のときにいたしましょう(ぎずもさん)』
 2年前にこんな予告を書いてしまい、野瀬さんに『栃木県編のときの大事な宿題としてとっておこう』とまとめて頂きましたが…。予告したのに答えが見つかってないってどーしたらいいの!? だから「次回は栃木県編」と発表されたとき、夏休みの宿題を抱えた8月31日の小学生みたいに冷や汗たらたらでした。

 ただサボっていたわけではなく、栃木市から佐野・足利、群馬県に入って桐生・前橋と徐々に距離を伸ばして調べたものの、発祥の頃を知っている第1世代の方に話を聞くことが出来なかったのです。歴史のある店で聞いても「私が商売を始めたときは、みんなそうだった」という返事ばかり。
「戦時中、物資のない時代に量を増すため焼きそばにいもを入れた」とする通説も、米に続き、そば・うどん・パンまで外食券がなければ食べられなかった終戦間際の状況を考慮すると、果たして焼きそば麺自体が手に入ったでしょうか。そう考えると、か・な・り・怪しいかも。
 実はこの分野、足利市在住の山本俊一郎さんがウェブサイト「ヤマポン総研」で、「地産地消なファストフード/足利市におけるポテト入り焼きそばに関する歴史的考察」という記事で時代背景も十分考慮して研究結果を発表されています。
『戦後の食糧難の中、足利では「ポテト」という茹でた(もしくは蒸かした)ジャガイモと長ネギを炒めてソースで味付けし、ゴマや青のりを振りかけた子供相手のおやつが、リヤカーの引き売りによる行商で売り歩かれるようになる』(同サイトより引用)
 この“ポテト”が、のちに屋台が焼きそばも売り始めるようになり、いつしか合体して「ポテト入りやきそば」になったと、地元の古老の証言を集めて推理されています。
 大変説得力のある情報ですが、食べB読者たるもの自分で実証しなければなりません。栃木県編が始まる直前、もう一度調査に出かけました。


桐生の子供洋食は家庭料理から始まった

 群馬県桐生市には、蒸かしたじゃがいもをソースで炒めた軽食「子供洋食」を出す店が2軒あります。既にミルフォードさんがコチラで「仲よし食堂」「武正米店」を報告されていますが、私は武正米店が未食でした(日曜定休のため)。
 前橋初市まつりが行われた1月9日、武正米店を訪ねて、300円の小サイズを注文しました。焼きそばのルーツを調べていることを告げて撮影許可を頂くと、焼き終えた店主さんが座ってこんな話を聞かせてくれました。

「子供洋食はもともと家庭で作る料理でした。蒸かしたじゃがいもと刻んだ長ねぎを炒めてソースで味付けした子供のおやつ。日本の調味料は醤油と味噌だけど、ソースで味付けしたから子供洋食と呼ばれたみたいです。
 それを戦後に引き売り屋台で売る人が出ましてね。最盛期は3人いました。花かつおは高級品で使えないから、鰹節を削った後に出る粉を入れたり、乾物が出回るようになると桜海老を入れたりして味付けしていました。
 福引でカランカランと鳴らす鐘を屋台にぶら下げて、町を引き歩くんです。売るのは神社の境内や学校の前でしたが、子供を集めるためにその回りを一周してね。鐘の音が聞こえると10円玉を握りしめて掛け出したもんですよ。

 新聞紙を三角の筒にまるめて、ヒゲ(経木の一種)を畳んでのせて、その上に子供洋食を乗せてくれました。ソースが漏れてくるから、下からちゅうちゅう吸ったりしたものですよ。桐生は繊維産業が盛んだったから、女工さん(女性工員さん)もおやつ代わりに好んで食べていました。
 焼きそばの登場は、その後です。同じ鉄板で別々に焼いていたんだけど、どこかの屋台が焼きそばの上に子供洋食を載せたのか、いつのまにか一緒になりました。じゃがいもが焼きそばに絡まると(でんぷんが溶けて)味がまろやかになりますからね。

 子供洋食とポテト入りやきそばは、味つけが違うんです。子供洋食にはじゃがいもとねぎ、鰹節粉や桜海老を入れてソースで味をつけます。やきそばのポテトはソースだけです。桐生のやきそばは生麺、じゃがいもともやしをラードで焼いて、キャベツはトッピング(別料金)でした」
 平静を装って話を聞いていたものの、心の中では大玉の花火が10連発で上がってた。ソースで味付けしたから子供洋食って、まるで大阪の一銭洋食みたいじゃないか。やったぞ、ついに有力な証言を見つけたぞ。しかも昭和16年(1941年)生まれのご主人は、こう補足してくれた。
「私が屋台に詳しいのは、父親の兄、つまりおじさんが屋台を引いていたからなんです。お年寄りたちと子供洋食の話になると『懐かしいねえ』となるもので、うちは米屋だけど子供洋食を復活させたんです。また引き売り屋台が回ったのは町うちだけなので、桐生でもちょっと離れた相生あたりになると、この話を知らないんですよ」

 子供洋食入りやきそばが、桐生でもポテト入りやきそばと呼ばれるようになったかは、さすがのご主人も知らないとか。ここから15キロ弱の足利でも、鐘を鳴らしながらポテトを売りに来た屋台の存在は、山本さんの聞き取り調査に登場している。調べ始めて5年、やっとゴールが見えたかもしれない。栃木にもポテトの痕跡があればチェックメイトだ。
しかし2日後、栃木市・中澤製麺で予想外の言葉に出くわし、目がテンになった。
「家族にも聞いてみたんですが、じゃがいもをソースで炒めたポテトって食べ物は、誰も知らないんです」


栃木の学校前には、いもフライがあった

 足利・桐生の焼きそばは生めんに近い黄色い麺を使うが、栃木市は二度蒸しして茶色くなった「二度蒸(ぶ)かし麺」を使うのが大きな違い。二度蒸かし麺の元祖・中澤製麺3代目、代表取締役・中澤健太さんが、お願いしたことを調べてくださった上でインタビューに応じてくださった。
「うちの創業は昭和29年で、二度蒸かし麺は創業後すぐに出来たようです。作ったきっかけは売れ残り対策でしょう。余ったものを二度蒸ししたら、普通より弾力も出て結果的においしくなった。仕上げに油を使うので焼きやすいというのもあります。
 石巻焼きそばも二度蒸し麺を使いますが、石巻はせいろ蒸しした後で水で洗って冷し、また蒸して洗って一玉ずつまとめているようです。栃木では洗うのは一度で、二度目に蒸した後はくっつき防止に油でコーティングします。粉の配合も違うので、石巻は柔らかめ、栃木は弾力性のある仕上がりです。

 昭和29年には、栃木にはじゃがいも入りやきそばはほとんど、ひょっとしたらまったくなかったようです。創業者の祖父は今も営業している製麺所・昭和軒本店が実家で、独立するときに『主力商品のラーメン(中華麺)をやってもらっちゃ困る。お前は焼きそばをやれ。それなら作り方を教える』と話し合いがあり、やきそば麺で起業しました。栃木はどの学校の前にも、いもフライを売る店があったので、『やきそばもやらないか。残ったいもフライを入れたらいい』とアイディアを出して麺を売って回ったと聞いています。祖父は2か月前に亡くなりましたので、どこでじゃがいもを入れるアイディアを知ったか自分で考えたか今となっては分かりませんが、栃木市でじゃがいも入り焼きそばを広めたのは祖父だと言って間違いないでしょう」

 もっと早く中澤さんに聞きに行けば…。数年前に廃業したけど、栃木市立第三小学校の校門前に「いもフライを入れるやきそば」が確かにあった。同小の卒業生の間では有名だったし、別の店で私も食べたことがある。そして「学校の回りには必ずやきそば屋があった」という私の昭和40年代の記憶とも合致するわけですが、あれはいもフライが先にだったのか!と。
 隣で後片付けをしていた女性従業員さんも、懐かしそうに話に加わった。
「私のころは引き売り屋台でした。今みたいに切ったじゃがいもを入れるんじゃなくて、大きないもを鉄板の上でヘラで切り分けていました。焼きそばと一緒におでんも売っていましたね。昭和40年(1965年)ころまで駅前に屋台が出ていたと思います」

 私の実家の近所のおじさんが、小学校の下校時刻になると屋台をひいて出て行った。移動屋台で天ぷら鍋は危なくてしかたないから、蒸かしただけのいもを使うようになったのかもしれない。麺の蒸し水の代わりに挽き肉スープで味をつけるアイディアも、誰かが考案したのが広まったみたいだし。
 中澤さんは、いもフライに関する秘話も教えてくれた。
 「巴波川(うずまがわ)の回りには昔、天ぷら屋がたくさんあったそうです。それがどういうわけかは分からないのですが、一斉に天ぷらをやめていもフライを売るようになったと。これは何人かから聞いたことがあります」

 舟で材木などを東京に運ぶ舟運業は既に下火になったと思われるけど、巴波川は商人町だった栃木市中心部を流れるランドマーク。しかし天ぷら屋がいもフライに一斉衣替えとは初耳だし、はて面妖な。食料統制でのお上の指導だろうか。これも運良く、関連情報が入った。
 創業年度はやはり分からないけど、たまり醤油で始めて100年弱、ソース作って80年くらいだろうという林屋本店の奥さんが教えてくれた話。
 「お孫さんと一緒にソースを買いに来てくれていた寺内金魚店(駄菓子屋でもあった)のおばあさんが、よく話していたんですよ。お孫さんが『おばあちゃん、昔のいもフライは天ぷらみたいだったんだよね』と聞くと、『そうだよ。今はパン粉をつけて洋風になったけど、あの頃はメリケン粉を溶いたものをつけただけで天ぷらみたいだった。それを焼きそばに入れたけど、手っとり早くお腹がいっぱいになるよう、半分以上がいもだったこともあるんだよ』って」

 同じじゃがいもが入った焼きそばでも、桐生・足利と栃木では、成り立ちは違っていたようだ。なるほど呼び名も違うわけだ。もっともこんな証言もあるけどね。
「好古壱番館の店主さん(じゃがいも入り栃木やきそば会会長)ともよく話すことですが、B級グルメで取り上げられるようになってから“じゃがいも入り栃木やきそば”と呼ぶようになりましたけど、昔はただ“焼きそば”って言ってました」(中澤さん)


両毛線伝播説破れる。そして昭和25〜26年の影

 桐生・足利・栃木3市がJR両毛線で結ばれていたことから私が考えた仮説「やきそば両毛線伝播説」は、今回の調査で瓦解しました。仮説の欠点だった「まん中の佐野でなぜ途中下車しなかったか」の疑問も同時にすっきりしたけれど。戦後の浅草や上野でブレイクしたソース焼きそばが、もんじゃ(もんじ焼き)などと一緒に東武鉄道で北上したと考えたほうがよさそうです。東武線なら浅草から3市全部と佐野・太田、もんじゃの伊勢崎にも全部つながっているし。
 桐生・足利・栃木のご当地焼きそばは、「戦時中にいもでかさ増ししたもの」ではなく、多くのB級ご当地グルメと同様に戦後生まれの食文化。そして「戦後すぐ」「昭和25年ごろ」「手っとり早くお腹を満たす」というキーワードに何度もぶつかりました。

 富士宮・マルモ製麺、戦後すぐ創業(創業年不詳)
 石巻・島金製麺、昭和27年創業
 横手やきそば麺完成、昭和28年ごろ
 栃木・中澤製麺、昭和29年創業(たぶん)

 長く続いた戦後食料難がひと息つきかけたのが、昭和25〜26年ごろのアメリカから小麦を緊急輸入。米は昭和31年(1956年)まで外食券制度下にあり、それ以前に修学旅行に行った子供は白米を持参したそうですが、そば・うどん・パンはいち早く昭和25年に外食券不要となり、自由に商売が出来るようになりました。
 そういえば甲府鳥もつ煮のレシピ考案者、当時そば職人だった「とんかつ力」初代・塩見力造さんもおっしゃっていましたっけ。「よく覚えちゃいないけど、とりもつ煮を作ったのは昭和25年ごろだった」と。食材調達や外食券制度で苦労していた力造さんは、少し楽になったころの意味で昭和25年を印象深く覚えていたのかもしれません。
 以上、提出期限ぎりぎりになりましたが、群馬・栃木両県をまたいでのポテト/じゃがいも入りやきそばの宿題報告を終わります。足利は調査不足のため、山本さんの報告書に頼ってしまいましたが、後日再び聞き込みしますのでご勘弁ください。

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