第11回 青森県実食編 「イカのすし」をシーサイドで

一芸クンの食べB修行記

 この春から「食べB」チームに加わりました。野瀬特編には「一芸」と呼ばれていますが、特に芸はありません。そこんとこヨロシクお願いいたします。

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十和田観光電鉄 三沢駅と車両
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十和田観光電鉄 三沢駅と車両

 青森市での日程を終え、翌朝独りで県内の取材に向かいました。青森には食によるまちおこしで成果を挙げている地域がいくつもあり、まさに食べB修行にはもってこい。はりきって参りましょう。


 最初の目的地は近年「バラ焼き」で話題を呼んでいる十和田市。三沢からローカル線情緒あふれる十和田観光電鉄に揺られ十和田市駅に到着すると、ダンディーなスーツ姿に薔薇(ばら)のバッジをきらめかせたナイスガイ2人が「ボンジュール!」と駆け寄ってきました。彼らこそバラ焼きによるまちおこしの立役者、「十和田バラ焼きゼミナール(バラゼミ)」のメンバーです。


 バラ焼きと聞くと牛肉のイメージがありますが、実は豚肉、そして馬肉もある。前夜、野瀬特編に「どれを取材しましょうか?」と尋ねたところ、その目が「決まってるじゃないか。全部だよ」と語っていたのは無視して、バラゼミ舌校長(ぜっこうちょう)の肩書きを持つ畑中宏之さんに「おすすめはどれですか?」と質問すると「決まってますよ。全部です」との答え。はい、覚悟を決めました。


 バラ焼きは、肉とタマネギを鉄板で焼き、甘辛いタレで味付けるシンプルな料理。自分たちで焼く「焼肉系」と、お店の人が焼いてくれる「食堂系」に分類されるのだとか。


豚肉のバラ焼き
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豚肉のバラ焼き

 まずは豚のバラ焼きとご対面。「女性客には豚のバラ焼きが人気(「味喜」の水尻久さん)」とのこと。ここは「食堂系」ですが、バラ焼きとご飯との相性の良さは圧倒的で、後先考えず定食まるごと平らげました。もっともご飯は通常よりも小さい器でいただきましたが。


牛肉を垂直方向に積み上げる「タワー焼き」
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牛肉を垂直方向に積み上げる「タワー焼き」

 休む間もなく、王道とも言える牛のバラ焼きへ。今度は「焼肉系」で作るプロセスも味わいます。「ひとつテクニックを披露しましょう」と畑中さん。鉄板にタマネギだけをまんべんなく敷き詰め、その中央へ肉をうず高く積み上げ始めました。まずタマネギにじっくりと火を通し、時間差で肉と一緒に炒める「タワー焼き」という手法だそうです。さらに卵と一緒に炒めるなどのバリエーションも教えていただき、楽しんでいるうちに鉄板上はきれいになっていました。


馬肉のバラ焼きと、鍋
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馬肉のバラ焼きと、鍋

 そしてすぐさま馬のバラ焼きに臨みます。十和田は古くからの馬の産地で、農業や林業、鉱山、戦時には軍にも馬を供給していました。そうした土地だからこそいただける上質な馬肉は実にすっきりとした味わい。馬肉料理「吉兆」北上稔さんの「馬肉を食べればウマくいくよ」という軽快なトークに先ほどまでの満腹感も薄れていきます。無事に馬肉のバラ焼きも食べ終えほっとしていたところ「馬肉は鍋がウマいんだ」と北上さん。いや、きょうはバラ焼きの…と言おうとしたらもう目の前にはぐつぐつと煮えた鍋が。

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 バラゼミの調べによれば、「バラ焼き」の発祥は戦後の三沢市。米軍払い下げのバラ肉(あばら骨の周囲の肉)と、朝鮮半島出身者の知恵によって生み出されたと言われているそうです。青森南部一帯に広がったバラ焼き文化は十和田市で花開き、現在60以上の店舗で提供されているほか、家庭料理としても定着しました。


 これをまちおこしの起爆剤にしよう、と活動が始まったのは2008年末。翌年3月にバラゼミが正式に発足してから、まだ1年あまりしか経過していません。このわずかな期間で「十和田のバラ焼き」は旅行ガイドブックなど多くのメディアが取り上げるようになりました。今年のゴールデンウイークに100人ほどの行列ができた「大昌園」の店主、金義廣さんは「土日の来店者は7割ほどが観光客」と話します。


 これは奇跡ではありません。2008年には市街地に十和田市現代美術館がオープン。そして2010年12月には東北新幹線の新駅「七戸十和田」の誕生が控えています。この好機を逃さず、バラゼミは「バラ焼きマップ」の作成、飲食店の組織化、行政への働きかけ、県内・県外でのイベント、メディアへの情報提供などを全速力で進めてきました。それが実を結びつつあるのです。


 十和田、といえば十和田湖ですが、十和田の市街地と十和田湖は車で1時間以上の距離。そのため市街地は十和田湖や八甲田山へ向かう人の通過点に甘んじていました。美術館とバラ焼きは、十和田の市街地に人を立ち寄らせることに成功しましたが、バラゼミの面々はすでに次のステップをにらんでいます。それは「夜」。より大きな経済効果をねらうには、立ち寄るのではなく、滞在してもらうことが必要だからです。


 もちろん、バラ焼きの人気をさらに確固たるものにする努力も惜しみません。そこで重要な意味を持つのが今年9月、神奈川県厚木市で行われるB級グルメの祭典「B−1グランプリ」への初出展。バラ焼きそのものの魅力と、タキシード姿に身を包み大輪のバラを胸に着けてイベントに臨むパフォーマンスで、バラゼミはすでに他の参加団体からマークされる存在に。「出るからには上位をねらう。秘策もある」と不敵に笑う畑中さん。今年のB−1の台風の目になりそうな予感がします。

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 お腹がはちきれそうなので、畑中さんの助けを借りて次の目的地・八戸に移動。Voteで4位に入った「あずきばっと」を試すつもりだったのですが、胃袋の状態を考えるとこれは断念せざるを得ないかな、と弱気にもなります。しかし甘辛いタレの魔力でしょうか、到着したころには胃の中にわずかなスペースが出来ていました。あずきばっとぐらいは納まりそうです。


 八戸で「八戸せんべい汁研究所」事務局長の木村聡さんと合流。「せんべい汁」を全国に知らしめた人です。十和田での行動を聞いた木村さんは「まだおなか一杯でしょう」と心配してくれました。そこでつい「いや、ちょっと小腹が減ったぐらいですよ」と強がりを言うと「じゃあまずはせんべい汁を食べていってもらわんと」。キジも鳴かずば撃たれまい、とはこのことです。


 「やませ」と呼ばれる冷たい風にさらされるこの地方は稲作に適さず、麦・そばの生産が盛んでした。それらを使い作られたのが南部せんべいです。これを汁物に入れて食べるようになったのは江戸時代後期ぐらいとも言われているそうですが、本格的に普及したのは明治に入り、せんべいの大量生産が始まってから。昭和30年代には煮込んでも溶けにくいようにせんべいの改良も進み、ごく普通の家庭料理として定着したようです。


せんべい汁
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せんべい汁

 木村さんに導かれてのれんをくぐり、生まれて初めてのせんべい汁にチャレンジ。汁の中でやわらかくなったせんべいには、ほどよい歯ごたえとやわらかさがあり、なんとも不思議な食感です。木村さんはこの状態を「アルデンテ」と呼びます。そしてうれしいことに、モチのようにおなかにどっしりと腰を降ろすのでなく、胃の中で優しく消えていく感じです。木村さんの「二日酔いの朝にはぴったりですよ」という言葉もうなずけます。私は下戸なので、ウソのうなずきですが。

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ウミネコ繁殖地の蕪島(上)と芝生の広がる種差海岸
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ウミネコ繁殖地の蕪島(上)と芝生の広がる種差海岸

 せんべい汁が胃にやさしかったのは幸いでしたが、さすがにすぐ「あずきばっと」とはいきません。少し胃の中が落ち着くまで、八戸市内を案内していただきました。木村さんは八戸広域観光推進協議会の観光コーディネーターでもあるのです。海岸線に美しい芝生が広がる種差(たねさし)海岸、ウミネコの繁殖地を間近で見学できる蕪島(かぶしま)など、八戸には素晴らしい景勝地があります。「でも八甲田山や十和田湖といった『大スター』の前ではやや分が悪い」と感じていた木村さんは、視点を変えて、八戸の日常的な生活文化を観光資源に変え、訪れてもらうきっかけにすることを思い立ったそうです。現代の観光客は、景勝地や温泉だけでなく現地の人とふれあう「体験」を求めている。ならばふだん家庭で食べているせんべい汁を出してみてはどうか――。


せんべい汁のプロモーションビデオ
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せんべい汁のプロモーションビデオ

 2002年、東北新幹線八戸駅が開業したこの年に、木村さんはせんべい汁によるまちおこしに取り組み始めました。翌年「富士宮やきそば学会」に触発され「八戸せんべい汁研究所」を設立。おみやげ用せんべい汁セットの開発、せんべい汁応援ソングの発売といった活動を通じ、着々とその知名度を上げてきました。


 現在、八戸市内でせんべい汁を出す店は170を超えます。その多くは居酒屋。ここが戦略上重要なポイントで、十和田が今後の課題としている夜の観光をすでに実現しているわけです。伝統的な「朝市」観光も発想は同じ。夜と朝、2つの生活文化が両輪となって滞在型の観光客をいざないます。


 そのような話を聞きつつ、「あずきばっと」を食べられるお店に向かいます。食べB本編で紹介したように、平打ち麺に甘いあずきのあんをどっさりかけた一品。「はっと」とは小麦の麺類全般のことで、せんべいと共にこの地方の麦食文化を代表するものです。「あずきばっと」は客人をもてなすための料理だったようですが、最近はあまり見かけなくなったとか。扱っているお店も極めてまれで、もはや失われつつあるメニューなのかもしれません。


あずきばっと
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あずきばっと

 ついに私の前に姿を現した「あずきばっと」。麺にあずきのかかったこの料理、食べてみると……あずきのかかった麺の味です。見たときの衝撃は大きいが、食べたときの意外性はないのです。小麦とあずきですからもともと相性は良く「麺はダシのきいたつゆで食べるもの」という先入観にさえフタをしておけば、何の問題もありません。とはいえ麺ですからおなかにはたまる。容赦なく甘いのは確かですが、デザートというよりも食事に近い、がつんと来る満足感があります。最近「スイーツ男子」などという言葉を聞きますが、これは「男スイーツ」とでも呼びたい一品です。

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 青森、黒石、十和田、八戸。それぞれの土地で食によるまちおこしに取り組む多くの人たちに出会いました。みな郷土を愛し、その発展を目指す情熱に満ちあふれています。


バラ焼きゼミナールの畑中宏之さん(左)とせんべい汁研究所の木村聡さん
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バラ焼きゼミナールの畑中宏之さん(左)とせんべい汁研究所の木村聡さん

 でも情熱だけで経済は活性化しません。畑中さんも、木村さんも、状況を冷静に分析し、的確な戦略を立て、そして必要なタイミングで必要な行動を起こすことで成果を挙げてきました。そこにははかり知れない苦労や、おそらく失敗もあったでしょう。しかしそれらを語ることなく、シャレた衣装やダジャレに包み隠して、意気揚々と町の魅力を伝え歩く――その姿には、寡黙ではあるが時に「じょっぱり(意地っ張り)」とも称されるほど強い意志の力を秘めている、青森人特有の気骨が垣間見えます。


 奇しくも、お2人がそろって口にした言葉は「地元の人が誇りを持てる郷土にしたい」。その目標に向かって、きょうももくもくと、青森の町から煙や湯気が立ちのぼっているのです。


■青森県編
その1 花見にバナナを持って行くカニ?
その2 赤くて甘い○○寿司
その3 十和田には「栄作堂」があった
最終回 下北半島の「すし」はシャリ抜き
実食編 「イカのすし」をシーサイドで 一芸クンの食べB修行記動画で見る実食

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