第26回 福島県(最終回) 嗚呼、憧れの大衆食堂

「いかにんじん」「松前漬け」「数の子」の三角関係(一芸)

いかにんじんとの関係やいかに

いかにんじんとの関係やいかに

 福島県(その2)で話題になった「いかにんじん」。スルメとにんじんを細く切って漬け込んだもの、と聞いて「松前漬けのようだな」と思っていたら、「めぐちゃん」さんから「茨城の松前漬けには北海道のように数の子などが入っておらず、いかにんじんに似ている」という投稿が。茨城出身の自分としては大いに納得したのでした。

 この「いかにんじん」「松前漬け(昆布、にんじん、スルメのみ)」「松前漬け(数の子が入る)」について、ちょっと考えてみました。

 

茨城は本当に「数の子なし」か?

 本編に出てきた情報を整理すると、

1)いかにんじん→福島市など、福島県北部地域に存在
2)松前漬け(数の子なし)→茨城県北部に存在
3)松前付け(数の子あり)→北海道を本場として、全国で知られている

ということになります。

数の子の入っていない松前漬け

数の子の入っていない松前漬け

 ここでまず感じたのが、松前漬け(数の子なし)を食べるのは茨城県北部に限らず、もっと広い地域かもしれない、ということ。自分は茨城県中央部、水戸市の出身ですが、子供のころから「数の子なし」を食べていました。祖父母を家族で訪ねた際、手土産にと母が作った松前漬けを、お腹が空いたと言って車の中であらかた食べてしまい叱られた記憶もあります。その母はといえば、旧那珂湊市(現ひたちなか市)の出身であり、作り方は母親(自分の祖母)から聞いたとのこと。那珂湊は茨城県中央部の太平洋沿岸です。

 現在、父母は県の中央部よりやや南の、今年誕生した茨城空港の近くに住んでいます。その地域でも松前漬けが普通に食べられているか、電話して聞いてみることに。たまに連絡してきたかと思えば突然松前漬けについて質問する不肖の息子に、

 「あんた、仕事してないの?」と母のあきれた声が返ってきます。

 しかしそのあと、近辺のスーパーを3軒回って松前漬けを3パック購入し、情報を携帯メールで送ってきてくれました。その内訳はこうです。

a)数の子なし 生産地:群馬県前橋市
b)数の子なし 生産地:福島県南相馬市
c)数の子あり 生産地:新潟県北蒲原郡聖籠(せいろう)町

 3つのうち1つは「数の子あり」でした。その産地である聖籠町は、新潟港の東側に位置します。北海道・松前と新潟で同じような食べ物がある、と聞けば、ひょっとして北前船による交流の名残りか、とも思いたくなりますが、単に水産業がさかんなので松前漬けも作っている、というだけのことかもしれません。

 そして、「数の子なし」のひとつが、なんと福島県産。勝手に「福島にはいかにんじんがあるから松前漬けがないのでは」と思いこんでいたので、軽く驚きました。

 

いかにんじんは「中通り北部」だけか?

 では、いかにんじんは、福島のどのあたりで食べるのか。福島県は、西部・中部・東部をそれぞれ「会津」「中通り」「浜通り」と呼びます。いかにんじんの本場と考えられているのが福島市で、これは中通りの北部にあたります。

いかにんじん

いかにんじん

 職場に福島市出身者がおりましたので、いかにんじんを食べていたか尋ねてみます。

 「一芸さん、仕事してくださいよ」。いや、仕事なんですって。

 聞けばいかにんじんを家庭で普通に作って食べていたそうです。特に正月には欠かせない料理だったとか。

 別の地域ではどうでしょう。母親が会津高田町(現在の会津美里町)出身、という人も職場におりました。

 「一芸さん、仕事は?」。だから仕事です。

 自分は食べたことがないけど母に聞いてみます、とその場で電話してくれました。ありがたい。いわく「自分の母親(=その同僚の祖母)は家で作っていた」とのこと。つまり、いかにんじん文化は、中通り北部だけでなく、会津にも存在していたことになります。

 ならば浜通りは。浜通り南部に位置するいわき市出身の同僚に聞きます。

 「一芸、仕事しなくていいの?」。もうそれいいから。

 いわき市でも、いかにんじんは家庭で作っていたそうです。その同僚の母親は中通り南部にあたる須賀川市出身で、いかにんじんは知らずに育ち、いわき市に嫁いでから知ったのだとか。中通り南部にはいかにんじんがなく、浜通り南部にはある、という2つの事象を確認できました。

 茨城で売っていた「数の子なし」の松前漬けを生産した会社があるのは浜通り北部の南相馬市。ここではいかにんじんと松前漬けが共存しているのでしょうか。

 父親が南相馬市の出身、という先輩が社内にいました。席に戻ったとろをつかまえます。

 「一芸くん、楽しそうだね」。……。

 しかし事情を話すと親身になって、父親に電話をしてくれました。だんだん大ごとになってきましたが、もう後には引けません。

 先輩の父親は、家庭でいかにんじんを食べなかったそうです。「いかにんじんといえば、中通りじゃないか?」とも話していたそうなので、この情報の信頼性は高そうです。

 まとめてみましょう。

・会津    → いかにんじんあり
・中通り北部 → いかにんじんあり
・中通り南部 → いかにんじんなし
・浜通り北部 → いかにんじんなし
・浜通り南部 → いかにんじんあり

 これだけの要素で断定はできませんが、ひょっとしたら浜通り北部ではいかにんじんがなかったから松前漬けが入り込む余地があったのでは、という想像も浮かんできます。だんだん本当に楽しくなってきました。

 

どちらがスタンダード?

 話を松前漬けに戻します。一般的な常識として、松前漬けは「数の子あり」なのか「数の子なし」なのか。東京都心部(千代田区、文京区)のスーパーを3軒回ってみます。

 3軒とも松前漬けは置いてあって、その内訳はこうでした。

d)数の子あり 生産地:新潟県新潟市
e)数の子あり 生産地:北海道函館市
f)数の子なし 生産地:千葉県船橋市

数の子入りの松前漬け

数の子入りの松前漬け

 サンプルが3軒だけですから何ともいえませんが、東京では「数の子あり」が優勢。そして、どうも新潟は関東に「数の子あり」を供給している拠点のようです。しかし一方で、「数の子なし」も売られていたことを考えると「松前漬けを買ったのに、数の子が入ってないじゃないか!」とクレームをつける人も東京にはいないのでしょう。そして、茨城のスーパーにあったものも含め、「数の子あり」の商品名には「松前数の子」「数の子松前」「松前漬け(数の子入り)」などと、数の子の存在をアピールしているものが多いのです。

 ということは、少なくとも関東では、単に「松前漬け」と言った場合には「数の子なし」がどちらかと言えば一般的なのではないでしょうか。

 本場、北海道ではどうでしょう。

 一緒に仕事をしているグループ会社の社員に、北海道札幌市出身で母親は松前漬けの本場・松前郡の出身という方がいました。さっそく情報を求めます。

 「一芸さん、また仕事していないんですね」。また、というのが引っかかりますが。

 この方も、松前出身の母親に話を聞いてくれました。頭が下がります。「松前漬けといったら、数の子が入っているのが当たり前。入ってないのは別の料理」とのこと。

 東京・八重洲にある北海道物産の店に行って調べてみると、多くの松前漬けが売られていました。やはりほとんどが「数の子あり」です。ひとつだけ「数の子なし」もありましたが、地元の人向けとは考えにくい、完全なお土産用品でした。

 さらに通販の世界ではどうか。ネット通販サイトで「松前漬け」を検索してみると、多くの商品がヒットします。多くが北海道のお店で、ほとんどが「数の子あり」。

 乱暴なのは承知でここまでの情報を総合すると、「北海道、新潟の松前漬けには数の子が入っており、それ以外の地域には入っていない」という仮説が見えてきます。

 

あり/なしの境界線

 さすがにそれは大雑把すぎるとしても、「数の子あり/数の子なし」の2つの松前漬けが世の中に存在するのは事実です。なぜこの状況が発生したのでしょうか。

 調べてみると、松前漬けはもともと数の子をメーンにして、昆布とスルメを加えた料理だったが、次第に数の子が貴重なものとなったため、数の子を減らしていったという経緯があるようです。

 数の子が主役の座を降りる過程で全国に普及していったので、数の子のない松前漬けが各地に広がった、というのは確かに筋が通ります。その後、土産物や通販向け、そして少しぜいたくな酒肴やおかずとして、数の子の入った松前漬けが全国に流通するようになった、と考えれば、「2つの松前漬け」併存の状況も説明がつきます。

 しかしどこか違和感もあります。存在感が希薄になったとはいえ、主役を完全に追い出したものを同じ「松前漬け」と呼ぶでしょうか。実は各地にスルメと昆布という、保存性が高く味の相性がいい素材を組み合わせた料理が存在しており、それらが松前漬けのマーケティングに押され「松前漬けようなもの」として名称が統一されていった、という可能性はないでしょうか。

 また「数の子、スルメ、昆布」に、どこから「にんじん」が加わったのでしょうか。ここに至ると、やはり「いかにんじん」との関係性を感じずにはいられません。本編の中で「Poco@焼きまんじゅう」さんが指摘されているように、「松前漬け」「いかにんじん」のどちらがルーツであるか、ということについては諸説があります。全くの無関係ということも十分にあり得ます。ひょっとしたら「いかにんじん」と「松前漬け(数の子あり)」は無関係だが、「松前漬け(数の子なし)」の起源はいかにんじん、といったような、複雑な関係性があるのかもしれません。

 いかにんじんと松前漬けの共通点もあります。それはどちらも正月の料理に用いられるということ。福島市出身の社員は「いかにんじんは正月に欠かせない」と証言しています。そして、ある松前漬け生産会社の方に電話してみると「全体としてさほど大きな市場ではないが、正月前には売り上げが大きく伸びる」と話していました。

 このテーマは、引き続き追いかけていきたいと思います。読者の皆さまからの情報、ご指導ご鞭撻もぜひ宜しくお願いいたします。

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