第123回 宮城実食編 そぼろがのったメロンパン

特別編集委員 野瀬泰申


 カキやエビなど、いかにもお酒の進みそうな海の幸が登場した宮城編。スイーツや麺類など、おやつ系の投稿が多かったのも特徴です。そんなわけで左党の野瀬と甘党の一芸クン、同床異夢の宮城珍道中とあいなりました。どんな騒ぎが起こりますやら、お楽しみに!
 左党のあなたは本編を、甘党のあなたは今週のおかわり、おやつ大航海日誌をどうぞ

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白石蔵王駅より宮城蔵王を望む

白石蔵王駅より宮城蔵王を望む

 2013年2月1日、2泊3日で宮城県実食の旅に出た。私は天下御免の晴れ男であるから、当然東京は快晴であった。予報では宮城県も晴れ。そして暖かな日になるという。どうだ、参ったか。

 今回の同行者は一芸クンである。彼が大まかに立てた計画に沿って動くことになる。どう大まかかというと、取材は主に一芸クン、温泉の取材は全面的に私ということにして、ゆるーく旅をしようぜということなのであった。

 東京駅から東北新幹線やまびこ何号かに乗る。目指すは白石蔵王駅。ここで白石温麺(うーめん)を食べることになっている。

温麺づくりを人形で解説

温麺づくりを人形で解説

「そういうことですから、車中で駅弁なんか食べないでください」

 と一芸クンにクギを刺されていたので駅弁は我慢した。

 2時間弱で白石蔵王駅着。駅のコンコースにいきなり「温麺の館」があった。江戸時代の温麺づくりの様子を人形で表現したもので、実にわかりやすい。

 おびただしいこけしが並んでいて、和紙をつかった品々も展示されている。入場無料である。

白石城

白石城

 1995年に木造で忠実に再現したという白石城に向かう。タクシーの運転手さんが「温麺、葛、和紙を白石三白と言います」と教えてくれた。

 私は白石における温麺の立ち位置を知りたいと思っていたのだが、その話からすると「白石を代表する物のひとつ」ということになる。

 ともかく雪が残る道をおそるおそる歩いてお城を見る。見るだけ。天守に上る時間はない。すぐに歩いて「白石市商家資料館」をかねる「やまぶき亭」に入った。

やまぶき亭(白石市商家資料館)の店内

やまぶき亭(白石市商家資料館)の店内

 どこが資料館かというと店自体がそうなのである。箱階段があったり、帳場の一部が残っていたりする。

 広い座敷に座ってメニューを見る。ランチメニューに「サケといくら丼と冷たい温麺のセット」がある。実は亘理町で「はらこ飯」を食べたいと思っていたのだが、季節外れで食べられないことがわかっていた。だがこのサケといくら丼にすれば、はらこ飯を食べた気分になれるし、冷たい温麺、という文字にすれば二律背反のものも体験できるではないか。一芸クンがこれにした。

くずかけ温麺
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くずかけ温麺

 私は迷わず「くずかけ温麺」に決定する。本編に登場した「おくずかけ」である。

 すぐに物件が登場した。まずは写真撮影。しかる後に食べ始めたのであるが、一芸クンがサラダからトマトを取り出して、漬物の皿に移したので不思議に思った。

「君にとってトマトは漬物なの?」

「そうとも言えますが、生のトマトは苦手なんです。ケチャップとかソースになると平気なんですけどね」

「ふーん」

不可解な行動

不可解な行動

 話はそれ以上進まず、食べる方に専念する。

「くずかけ温麺」はニンジン、油揚、タケノコ、シメジ、干しシイタケ、エビ、鶏肉などを醤油味の葛あんでまとめたものである。これが温麺を覆っている。

 美味いぞ。美味いけど減らないぞ。

 食べても食べても下から温麺が出てくる。温麺は素麺より太く、冷や麦より細い印象ながら、しっかりと弾力があって食べ応え十分である。

サケといくら丼と冷たい温麺のセット
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サケといくら丼と冷たい温麺のセット

 でも、こんなに美味いものとは知らなかった。

 7分目ほど食べたところでギブアップ。わずかに余裕が残る胃袋にサケといくら丼を送り込む。

 サケは焼いたサケをざっくりと手でほぐした感じで、市販の瓶詰めとは別もの。いくらも味の骨格が実にしっかりしていて、思いの外、腹に入った。

 一芸クンが残しておいてくれた冷たい温麺も味見したが、コシがある。そのコシも適度で好ましい。

おそばですか?うーめんですか?

おそばですか?うーめんですか?

 商店街を通って在来線の白石駅。そこからさらに歩いて新幹線の白石蔵王駅に行く。駅構内の立ち食いそばの店の看板を見れば、温麺の各種メニューが並んでいる。そしてうどんがない。つまり白石では温麺がうどんの位置を占めているのである。

 では温麺は観光メニューかというとそうではなくて、やまぶき亭の客はほぼ全員が地元の人と思われたし、古い食堂でも代表メニューに温麺を掲げている。完全に古い歴史を持つ郷土食なのである。

 ということを納得して新幹線で仙台へ。とりあえずホテルにチェックインする。ホテルは仙台駅から徒歩7、8分にあって、大浴場完備である。私は大浴場に直行し、それから街中に出た。一芸クンも独自に市内取材、それもスイーツ系に重点を置いて歩いているはずである。

へそ大根
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へそ大根

一芸 投稿いただいた情報をもとに、おやつを求めて夕暮れの仙台へ。「支倉焼」巨大バージョンにも挑んでみました。詳しくは「おかわり」をご一読ください。

 私が探したのは「花そば」である。途中、名掛丁のアーケード内に「地産地消市場」があって、丸森町の物産を売っていたので入って見る。「へそ大根」が珍しくて買う。

 大根をゆでて冬場の天日で2カ月かけて乾燥させたもの。1昼夜、ぬるま湯で戻して煮付けにすると大根の甘みが出て美味いのだという。

 100グラムの「へそ大根」が生大根2本分に相当するのだと、パンフレットに書いてあった。

細工かまぼこ
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細工かまぼこ

 さらに歩くと野中神社に連なるアーケード街で節分祭に併せて様々なものを扱うテントが立ち並んでいた。その中の1軒で細工かまぼこに出合った。

 南三陸町からのもので「漁船の進水式といった祝い事があると、細工かまぼこを組み合わせて配るんです」と店の人が言った。なるほどめでたいデザインと色使いである。

 結局、うろうろして「花そば」を多数確認できた。本編にあったように東京のたぬきそばである。仙台では天かすがのったそばを「花そば」と呼ぶ。覚えておこう。

花そばを肉眼で確認(見るだけ)

花そばを肉眼で確認(見るだけ)

 次の予定まで時間がある。体も少し冷えてきた。うまい具合に、いや具合が悪いことに立ち飲み屋に遭遇してしまった。いかん、入っちゃいかんと心で叫びながら、入りました。

 カウンターだけの店で、午後6時で満員。つまみは湯豆腐とか豆類とかチーズとか簡単なものだが、全部120円である。酒もナショナルブランドはなく、どれも各地の銘酒と言われるものばかり。悪いところに入ったものである。

勤務時間外。たぶん

勤務時間外。たぶん

 例外的に130円の値札が付いた韓国海苔と「両関」の燗を頼む。うめー。あんまりうめーものだから、秋田県にかほ市の「飛良泉」の冷やを追加した。全部でたしか680円だったと思う。感謝した。

 時間が来たので一芸クンと待ち合わせして国分町の「地雷也」に向かう。狙いはキンキ(キチジ)とホッキ貝である。

 当店はなかなかの格式と人気を誇り、予約してから行った。案内されたカウンター席はネタケースの真ん前で、大きなキンキが並んでいる。

 漁場は北海道沖の深海である。旬は冬。一見、キンメダイのようにも見えるが、キンキはカサゴの仲間である。

ホッキ貝の身を貝殻に乗せて焼く
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ホッキ貝の身を貝殻に乗せて焼く

 さて、これを焼いてもらうのだが1匹6000円。半分で3000円。もちろん半分で結構です。遠い炭火で時間をかけて焼く。遠赤外線がうま味を引き出すのであろうか。

 焼いている間にホッキ貝が出てきた。ホッキ貝の貝殻に刻んだ身が詰まっており、液体燃料で加熱する。熱燗をなめながらホッキ貝を口に運ぶのだが、西日本在住者で生のホッキ貝を食べたことがある人は少ないのではいか。

 昨年の被災地を行く旅の途中、福島県新地町でホッキ飯を食べた。東北の太平洋側では昔から愛されてきた貝である。

仙台白菜漬け

仙台白菜漬け

 完璧な下戸の一芸クンが白菜漬けをつまみながらウーロン茶を飲んでいる。飲まない人は平気なのだろうが、私は酒を取り上げられたら生きていけるかどうかわからない。

 そうこうするうちにキンキ登場。遠火で焼いてあるので、表面はほとんど焦げていないのに、中までしっかり熱が通っている。お見事である。

 身はあくまで白く、うま味甘み塩味が三位一体となって広がってくる。図体がでかい割には繊細な味わいである。

キンキ。後であらをスープに
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キンキ。後であらをスープに

 八戸に行った折、キンキン(青森ではそう呼ぶ)が入ったせんべい汁を食べたが、あれもよかった。つまりキンキは煮ても焼いても食えるやつなのである。

 いい時間になった。ホテルに戻るかな。ホテルの1階はコンビニ。そこでカップ酒を買い、他になかったので仕方なく小さな恵方巻きを求めて部屋に戻った。テレビを見ながら飲んで食って寝た。

 翌朝、私はホテルで朝食を取った。一芸クンは外で食べたらしい。

仙台朝市で朝食

仙台朝市で朝食

一芸 仙台駅からほど近くに「仙台朝市」があると聞いて行ってみました。朝市といっても常設の市場で、特に朝早いわけではありません。

 食事ができる店もいくつかあり、そのうちの1軒が朝8時に開店したので入ってみました。「朝市丼」というのを頼むと、出てきたのは海鮮丼。これで500円です。手作りの漬物が数種類カウンターに並んでおり、好きに食べられるのが良かったですね。

 9時過ぎのバスで石巻に向かう。高速道路に乗って1時間半の行程ながら料金は800円。補助金が出ているのであろうか。

ふれあい商店街

ふれあい商店街

 石巻駅でバスを降りると「石巻茶色い焼きそばアカデミー」の木村均さんが待っていてくれた。木村さんの車で中心商店街の中にある復興市場「ふれあい商店街」に行く。お目当ては萬楽堂の「元祖メロンパン」である。

 メロンパンの迷宮の中に突如として現れた第3のメロンパン。その謎を解明したいと思って石巻に来た。

 仮設店舗の萬楽堂に行ったら3代目社長の高橋美江さんがいた。メロンパンは売り場の一番目立つところに並んでいる。全国型メロンパンより一回り小さな円形で、色黒である。全国型メロンパンのクッキー生地にあたるところを「そぼろ」と呼ぶ。中には白あんのようなクリームが入っている。

 高橋さんに誕生の物語を聞いた。

萬楽堂の「元祖メロンパン」
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萬楽堂の「元祖メロンパン」

「市内矢本に矢本幼稚園というのがあって、そこの初代園長の横山さんという人から父(2代目萬七)が園児に食べさせるクリームの入ったパンをつくってほしいと頼まれたんです。いまから61年前の1952年のことでした。

 父はいろいろ工夫してパンをこしらえたのですが、そぼろのところがメロンの皮のように見えたのでメロンパンという名前になりました。

 父はクッキー生地のメロンパンを知りませんでしたから、あれからヒントをもらったということはありません。独自の工夫でこしらえたので元祖メロンパンです」

萬楽堂の高橋美江社長とともに

萬楽堂の高橋美江社長とともに

 ということで簡単に判明した。

 石巻でメロンパンというと萬楽堂のものを指し「クッキー生地のメロンパンはつくっても売れない」と高橋さんは言っていた。

 商店街から人影が薄くなって久しいため、高橋さんはカレーパンを出張販売しようとフライヤー付きのキッチンカーを買うことにした。

 ところが改造前の車が仙台港に着いたところで3・11の震災に遭って、車は流失。最近になって2台目を購入したという。

角付けピーナッツ
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角付けピーナッツ

 津波で大きな被害を受けた店舗も復旧工事が進み、仮設店舗から引っ越す日も近いそうである。

 それにしても私とほぼ同年代の高橋さんは、話しぶりといい物腰といい、実に若々しかった。ますますの繁盛を祈る。

 忘れるところであった。萬楽堂には、もうひとつの名物「角(かく)つけパン」がある。耳付きの食パンに何かを塗って挟んだもの。私が行ったときには「角つけピーナッツ」、つまりピーナツバターを挟んだものが売られていた。

木村さんと復興まちなかマルシェで買い物

木村さんと復興まちなかマルシェで買い物

「うちは以前から自衛隊や学校給食に納品しています」と高橋さんは話していたが、どうもこのパンは学校の「購買」あたりから生まれたものではないだろうか。

 そこから「石巻復興まちなかマルシェ」へ。本格的なコーヒーを飲みながら「街づくりまんぼう」の尾形和昭副社長から地域の現状や今後の構想などを伺った。尾形さんは別の会社を経営しながら、ボランティアでまちづくり会社の運営に携わっている。頭が下がる。

 昼時になった。私は木村さんと「道の駅 上品(じょうぼん)の郷」に向かい、一芸クンはマルシェで昼食の後、対岸の石ノ森萬画館へと向かった。

石ノ森萬画館

石ノ森萬画館

一芸 石ノ森萬画館は昨年11月17日に再開し、年内だけで3万2000人もが訪れました。「ずっと来たかったけど、きっかけがなかった」という人が、石巻を応援する気持ちで来場するケースも多いそうです。

 津波で1階部分が天井近くまで浸水し、電気系統が壊滅的な被害を受けましたが、2階の展示ゾーン、3階のライブラリーは比較的ダメージが少なく済みました。震災当日、この3階部分には逃げ遅れた人や流されてきた人を40人(と、犬1匹)も迎え入れ、数日間をともに過ごしたそうです。ヒーローたちは心の支えですが、萬画館は本当に人の命を救ったのですね。その模様は仙台市在住のノンフィクション漫画家、井上きみどりさんによる「わたしたちの震災物語」(集英社刊)に詳しく描かれています。

萬画館1階。ロボコン付近まで浸水した

萬画館1階。ロボコン付近まで浸水した

 萬画館では2月11日まで、復興の様子や全国から寄せられた応援、萬画館再開までの道のりを紹介する企画展「メディアの力、萬画の力展」を開催中。その後、12日から3月22日まではリニューアルのため一時的に休館します。

 このリニューアルによって、サイボーグ009、仮面ライダー、そして石ノ森先生のラフ画をもとに誕生したご当地ヒーロー「シージェッター海斗」に関する展示がパワーアップするとのことなので、再開後にまた来よう、と心に誓いました。

 上品の郷は県内の道の駅でも集客力2位を誇り、昼のランチバイキングが秀逸とのこと。しかも日帰り温泉併設なのでバッグに入れて持ち歩いているお風呂セットが活躍できそうなのである。

 上品の郷の直売所はとてもにぎわっていた。野菜も果物もみんな格安なのだが、大根をお土産にするわけにもいかず、見るだけになった。

上品の郷でランチバイキング
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上品の郷でランチバイキング

 そして隣のレストランへ。バイキングとドリンクバーのセット1200円のチケットを買ってテーブルに着く。

 見た目はホテルの朝食バイキングみたいなのだが、並ぶ料理は全部が地元産品を活用した手づくりで、ホテルと違って業務用総菜などは一切使っていない。

 私は豚肉のザーサイ炒め、茶わん蒸し、昆布の天ぷら、串カツ、キャベツの漬物、生わかめ、豚汁、ご飯という陣形を組んだ。

 中でも昆布の天ぷらは初体験であったが、思ったより柔らかく食べやすい。生わかめも地物の三陸わかめに専用のたれをかけたもので、実に新鮮であった。

昆布の天ぷら
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昆布の天ぷら

 これを片付けた後、カレーライスを少々と中華風焼きめしを少々。さらにババロアを少々いただいた。私の昼食としては破格のボリュームであったが、どんどん胃袋に入っていった。

 店内は昼食時ということもあってほぼ満席。話し声からすると皆さん、近隣の方々とお見受けした。

 さてそろそろ風呂に入ろうかなと思いながら、玄関のところの地図を見ていたら登米が意外に近いことがわかった。

「登米に行きたかったんですが、東京からだと行きにくくて諦めました」

 そう言うと、木村さんが即座に答えた。

「ここから車で30分です。いま海老名さんに連絡してみます。いるかなあ」

木村さんは携帯を耳に当てた。

味噌・醤油蔵「海老喜」

味噌・醤油蔵「海老喜」

「海老名さんはいるそうです。登米に行きましょう。すぐ行きましょう」

 押っ取り刀で車に乗り込み、登米に向けて走り出した。どうみても高速道路という仕様の一般道を疾駆すると、あっという間に登米に着いた。

 海老名さんというのは「とよま油麩丼(どんぶり)の会」会長にして、創業天保4(1833)年の味噌・醤油蔵「海老喜」の現当主、海老名康和さんである。

古い町並みが残る登米

古い町並みが残る登米

 旧登米町は合併して登米(とめ)市登米(とよま)町になった。古くは「とよま」であったのが明治の廃藩置県で水沢県の県庁が置かれて以来、中央から来たお役人が「とめ」と読んだのが文書にも残り、中央では「とめ」が定着した。このため市内の施設にも「とよま」標記と「とめ」標記が併存しており、ルビが振ってある。

 登米は北上川の舟運で栄えた所だったが、鉄道が敷かれると次第に寂れていった。とはいえいまでも明治、大正の繁栄の時代をしのばせる古い建物が残っており「みやぎの明治村」と呼ばれている。

旧登米警察庁舎(警察資料館)

旧登米警察庁舎(警察資料館)

 海老名さんの家に残る酒蔵も資料館になっており、そこから街中をぐるっと回ると、主なポイントを巡るツアーになる。

 旧登米高等尋常小学校(教育資料館)、旧登米警察庁舎(警察資料館)、水沢県庁記念館、登米懐古館などがあるが、小学校、警察署は近年までそのまま使われていたという。海老名さんも旧高等尋常小学校の校舎で学んでいる。

 油麩丼の会が活動を始めると、それまで年間20万人だった観光客が30万人に増えた。気をよくしていたところを、あの大震災が襲った。旧家の塀が倒れ、瓦が落ち、近くの被災地から被災者がずぶぬれになって逃げてきた。

旧登米高等尋常小学校(教育資料館)

旧登米高等尋常小学校(教育資料館)

 登米は内陸部にあるため津波の被害はなかったが、地震の被害は甚大だった。そんな中で被災地救援と復興の基地になった。

 しかしながら地元の被災建造物の復旧はなかなか進まない。そこで油麩丼の会が中心になって「とよま文化財復興応援団」を立ち上げ、募金を始めた。それが契機になって復旧の機運が盛りあがってきたのだという。

 それはともかく、海老名さんちの「みそアイス」は美味かった。ゲテモノの疑いを持って食べ始めた私は、一口で納得した。

みそアイス
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みそアイス

「最初、味噌をそのまま入れてみたんですが、塩辛くてだめでした。そこで焼き味噌をパウダーにして混ぜたらうまくいきました。最後にちょっと味噌の味がするでしょ?」

 海老名さんが言うように、ほどよい味噌の風味が笑みを誘う。

 駆け足の登米探訪であったが、海老名さんちの「醤油まころん」をお土産にいただいて石巻に戻った。

 その夜は、石巻茶色い焼きそばアカデミーの皆さんと居酒屋に繰り出した。

石巻の居酒屋で刺身をいただく

石巻の居酒屋で刺身をいただく

 震災直後、愛Bリーグの炊きだしに同行して石巻に来たときは、やはり居酒屋に入ったのだが、魚はとれず、流通網もずたずただったため、つまみはみんな揚げ物だった。

 それに比べると今回は、刺し身もカキも節分の縁起物であるイワシもみんな新鮮で、復興ここまでの感がある。しかしながら目に見えないところで、傷痕はまだ深く、思いもよらなかった事態も生じているそうである。

 個人情報を含み、機微に渡るので詳しく書けないが、あれだけの被害を受けたのだから2年や3年でどうこうなるわけないよね、というのがその場の雰囲気であった。

節分の縁起物、イワシも

節分の縁起物、イワシも

 ただ救いは石巻を訪ねる度ごとに笑い声を聞くことが多くなったことである。その夜も笑いが絶えなかった。

 旅から戻った翌朝、石巻のお土産に買った三陸わかめを水で戻し、細かく刻んでネギを散らした。そこにやはり現地で求めた専用のたれをかけて朝ご飯の友とした。

 では次回から鹿児島編に突入する。皆さんの鹿児島メールを待つ。


(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。

★今週のおかわりは特製「支倉焼」と宮城のおやつ大航海日誌です。合わせてご覧ください。

宮城県編(準備体操編) 宮城の味を「いただいてください」

宮城県編(準備体操編2) 石巻から東北を元気に

宮城編(その1) 法事が済んだら、朝からモナカ

宮城編(その2) 夏が来ーれば思い出ずんだ

宮城編(その3) 青ばた、青豆、ひたし豆

宮城編(その4) 「ママも喜ぶ パパ好み」(商品名)



 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2013年2月8日

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