第228回 福岡県実食編 ゆで卵1個10円、2個100円

特別編集委員 野瀬泰申


福岡県

 今週は福岡県実食編。野瀬が思い出を手繰りながら、生まれた家を探しに故郷・田主丸に向かいます。果たして生家にはたどり着けたのか? そして久留米で角打ち三昧。
 一方、デスクは筑豊を中心に旅しました。今週のおかわりで、炭鉱の歴史と暮らし、そして食を探訪します
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(「食べB」へ初めて訪れた方は「食べB入門編」をご覧下さい記事の県別一覧はこちら

吉井町の古い町並み
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吉井町の古い町並み

 20015年6月26日から28日まで、2泊3日で福岡県実食の旅に出た。我が父祖の地。生まれ育った土地。にもかかわらず、行ったことがない町は近くにあるし、再訪したい町もある。そこでデスクは筑豊方面を回り、私は久留米を含む県の南西部を担当することにした。

 最初に向かったのは久留米から久大本線で日田方面に行く途中にある吉井町。正しくはうきは市吉井町という。合併前は浮羽郡吉井町であった。そして私が生まれたのも同じ浮羽郡の田主丸町。つまり隣町なのだが、あの辺りの大都市、久留米とは反対側にあるため、出かける機会がなかったのである。

ペルー軒
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ペルー軒

 久留米有馬藩と天領日田を結ぶ旧日田往還の宿場町であった吉井には、いまも古い町並みが残っている。県内で初めて重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定された。こて絵が美しい白壁造りの古民家や蔵が連なる。

 ひな祭りの時期になると道に面した家々が自慢のひな飾りを出し、そぞろ歩きながら春の1日を過ごす人々でにぎわう。筑後吉井駅前の喫茶店で店主と話しているうちに、久留米から車を飛ばして豆津橋渡さんが来てくれた。

 2人で町歩き。写真を撮ったり、公開されている古民家に入ったりしているうちにおなかがすいてきた。私たちは青地に白く「ペルー軒」と染め抜いたのれんがかかる食堂に入った。開店から57年。吉井では老舗の食堂である。私はラーメン、豆さんは焼きそばを注文した。

不思議な値段
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不思議な値段

 カウンターにゆで卵が入った容器があり、何やら書いてある。

「ゆで玉子一ケ十円 但し二ケで百円」

 ええー? 1個10円なら2個20円ではないのか。

「これ、どういう意味ですか?」

 厨房の女性が答える。

「1個ならサービスで10円。2個なら通常の1個50円です」

灰皿卵とHI−C
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灰皿卵とHI−C

 そういうことか。

 最後の1個になった卵をもらって尋ねた。

「お皿は?」

 厨房の女性が答える。

「テーブルの灰皿を使ってください」

 それにしても「ペルー軒」とは珍しい店名である。

 厨房の女性が答える。

懐かしい薄焼き卵ラーメン
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懐かしい薄焼き卵ラーメン

「祖父がペルーから戻って、この店を開いたのでペルー軒です」

 冷蔵庫に懐かしい「HI―C」があったので、1本もらう。飲んでいるうちに注文の品が届いた。

 私は丼に浮かぶ薄焼き卵に見入った。開店当時、卵は貴重品。1個まるごと入れると値段が高くなる。でも入れた方が豪華な感じがする。そこで、向こうが見えるような薄焼き卵を三角に切って入れたのだろう。昭和だなあ。

 ラーメンは当然、とんこつながら薄味である。

カッパの田主丸駅
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カッパの田主丸駅

 単純に言えば、私が子どものころ食べていた、それはそれは懐かしい味であった。

 焼きそばは日田焼きそばを思わせる。麺をしっかり焼いているのであろう。ぱりぱりとしたそばの食感とモヤシのシャキシャキ感が、これまた懐かしい。

 そこから田主丸駅に行く。筑後川流域にはカッパ伝説があり、駅舎もご覧の通りカッパのお面である。

 同時にこの辺りはフルーツロードでもあり、夏から秋にかけて観光農園に人が押し寄せる。

まだ青いブドウが美しい
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まだ青いブドウが美しい

 なかでもブドウの「巨峰」を初めて商業栽培したのが田主丸町だったという。「巨峰」は登録商標であるが、一般にそう呼ばれているので、ここでも「巨峰」を使わせていただく。

 ブドウ畑があり、まだ青い実が下がっている。なんと美しい緑であろう。秋の訪れとともに色づいていき、甘い果汁があふれるようになる。

 近くには巨峰ワインの醸造所もあって、夏になるとバーベキューを楽しむ客がやってくる。その日、隣県のテレビ局がロケ中だったので、地下貯蔵庫を見学しただけだった。

巨峰ワインの貯蔵庫
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巨峰ワインの貯蔵庫

 久留米に向かう途中、豆さんは言った。

「野瀬さんが生まれた家を探しましょう」

 そうであった。今回の旅の目的の一つがそれであった。

 私の記憶では「国道沿いにある川崎というバス停の近くで、巨瀬(こせ)川に歩いて行けるところ」というだけで、ほかに手掛かりはない。豆さんがスマホのナビを頼りに、連れて行ってくれる。

「ああ、この橋だ」

あの石に若かった母が
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あの石に若かった母が

 止まってもらって国道を渡り、橋の上から川を見下ろす。私が子どものころ、川は泳ぐ魚が見えるほど澄んでいた。わずかにのぞく岸辺の石。まだ若かった母や近所のお母さんたちが、あの石に並んで座って洗濯をしていた。

 泳ぎは川で覚えた。釣りもした。

 そして道ばたに立つエビスさん。祭礼の日、近所の子どもたちはお供え物のお菓子やジュースを大人の目を盗んで飲み食いしていた。回りは木々に囲まれていたように思うのだが、いまは国道から丸見えである。

エビス様は健在だった
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エビス様は健在だった

 そこから少し久留米方面に行ったところに川崎のバス停があった。夏と冬の2回、父にボーナスが出ると、久留米のデパートで買い物をするために、家族そろってここからバスに乗った。バスが来るのが待ち切れなくて、父や母を見上げて聞いた。

「バスはまだ来んと?」

「反対側のバスが来たけん、こっちももうすぐやろたい」

「早よ来るとよか」

確か、これが通学路だった
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確か、これが通学路だった

 バスには体の前に革のカバンを提げた若い女性の車掌さんがいて、切符を売ったり回収したりしていた。

 そしてバスが久留米のデパートに着くと……やめておこう。切りがない。

 小学校1年まで暮らした家があったと思われる付近はすっかり様子が変わっていて、どこだかわからない。しかし、小学校に通った通学路らしい道は見つかった。

 少しばかり酸っぱくなった胸を抱えて豆さんの車に戻る。あじさい寺とも呼ばれる千光寺に寄ってみたが、あじさいは見ごろを過ぎて、客は私たちだけだった

「豆さん、晩ご飯は?」

一升瓶からコップに
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一升瓶からコップに

「角打ちに行く以外は決めていません」

「じゃあ、取りあえず角打ちに」

 車を置いた豆さんに付いていくと、豆さんは久留米の街中にある「ことぶきや酒店」に入って行く。外観は普通の酒店だが、中にはカウンターがあって、先客でほぼ満員である。東京でも酒屋の店頭で立ち飲みする風景は珍しくないが、久留米のそれは雰囲気が大阪の立ち飲みに近い。自然体、近所の人、常連さん。

 ただ飲食店ではないから、料理は出ない。缶詰とか乾き物を客が勝手に取ってつまみにする。私たちはサンマの蒲焼きの缶詰を温めてもらった。

氷のキープ
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氷のキープ

 酒は「筑後の銘酒 山の寿」である。注文すると奥さんが一升瓶からコップについでくれる。クセのない飲み口が気に入った。

 豆さんが冷凍庫からキープしている氷を持ってきた。氷のキープは当たり前だという。そりゃ、珍しか。

 さあ、晩ご飯はどうしよう。久留米だからやきとりではあるけれど、歯の改造工事中の私にとっては危険な食べ物である。ふと、寿司は? という考えが浮かんだ。寿司の練習中でもあるし、寿司なら歯に優しい。

稚鮎の天ぷら
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稚鮎の天ぷら

「いい回転寿司屋はありませんか?」

「ありますよ。魚屋がやっている店が」

 ということで「しげなが」の客となった。土日は家族客がやって来て、込むときは1時間待ちも珍しくないそうだが、本日は金曜日。カウンターにも余裕がある。

 寿司だけではなく一品料理も充実しているということで、メニューを見れば稚鮎の天ぷらがある。揚巻(あげまき)の焼いたものもある。私たちは、まずこの2品を注文して、酒を飲んだ。

揚巻を焼いたもの
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揚巻を焼いたもの

 稚鮎はほんのり苦い身が崩れ、骨は少しも触らない。豆さんは「うん、うん」とうなずきながら食べている。私も「うん、うん」とうなずきながら食べた。

 揚巻は細長い二枚貝。東京ではマテガイと呼ばれることが多いが、別種の貝である。国内では有明名物の貝ではあるものの、最近はとれないらしい。近隣国からの輸入品であろう。それでも身はぷっくりとして、ほの甘い味わいはこの貝独特のものである。

 寿司はマグロとイクラと揚巻である。揚巻を寿司で食べるのは初めて。珍しか。

揚巻の握り 珍しか
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揚巻の握り 珍しか

 その足で筑後の酒を飲ませる「さくら屋」へ。満腹なのでもっぱら酒。筑後の酒、飲み比べセットで楽しんだ

 翌朝、豆さんは午前中に所用とのことで、私は一人で電車に乗った。行き先は甘木駅。そこからタクシーで秋月に向かう。葉室麟の「秋月記」の舞台である。葉室さんは私と高校の同級生。クラスが一緒だったことはなかったと思うが、同じ時代を同じ高校で過ごしている。

 秋月藩は黒田藩の支藩。維新後も鉄道が通らなかったこともあって、古い町の姿が残った。戦後も同様の理由で町並みが保存され、吉井町と同じく重伝建に指定されている。

秋月の杉の馬場
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秋月の杉の馬場

 城下町ではあったが、城はなく館であった。その前が武士たちの通勤路を兼ねた馬場で「杉の馬場」と呼ばれている。

 春の桜、秋の紅葉が秋月の観光シーズン。いまはシーズンオフであるうえに、あいにくの雨である。近所の人がときどき姿を見せる以外に人影はない。馬場に沿った店も閉めているところが多い中で「黒門茶屋」は、いつも通りにやっていた。

 豆さんと合流し、ここでお昼を食べる。

川茸定食
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川茸定食

「川茸(かわたけ)定食」(1700円)がある。川茸の学名はスイゼンジノリで淡水の海苔である。ここから7キロほど離れた黄金川という小川でわずかに採れる。環境省の絶滅危惧種に指定されている貴重なものである。店の人に聞くと、定食に使っているのはその黄金川のものだという。

 定食には生、乾燥したもの、つくだ煮、コンニャクに入れたもの、ご飯と炊き込んだものが入っている。

 私は熊本市の水前寺に自生するこの海苔を特別に食べさせてもらったことがある。そのときは乾燥したものだけだったので、秋月で生のものを食べて、その淡泊さを初めて知った。

本葛を使った葛豆腐
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本葛を使った葛豆腐

 秋月は本葛の産地としても知られている。定食にも本葛を使った葛豆腐、葛餅があった。

 家並みの中に江戸時代から葛を商っている「廣久葛本舗 十代 高木久助」がある。食後、私たちはそこに入って葛や葛製品を少し買った。

 次の目的地は大野城市。福岡市の南、久留米の北にある。大野城に伝わる家庭料理「鶏ぼっかけ」を食べるのである。店は「馬鹿盛ぽんぽこ」。

 行くと店主の黒岩輝久さんが「いらっしゃい」。

生の川茸
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生の川茸

 黒岩さんに話を聞く。

 市政40周年の事業として「食」を取り上げた。その中で浮かんできたのが、市内上大利地区で昔も今も食べられている「鶏ぼっかけ」だった。

 親鳥の身やモツに野菜を加えて醤油味で煮る。それをご飯にかけるぶっかけ飯の一種である。農閑期に女性ばかりが集まって酒を酌み交わすときに出るのが鶏ぼっかけ。食事の支度をする時間もない農繁期には、土間に腰掛けて鶏ぼっかけを流し込んだ。消防団や青年団の集まりにも欠かせない。

鶏ぼっかけ
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鶏ぼっかけ

 お昼を食べたばかりなので、2人で1人前をお願いする。小皿のゆずこしょうを少しずつ溶かしながら食べると、満員のはずの胃袋にすいすいと入っていく。鶏肉が出しを吸って、いや出しに鶏肉の味がしみ出ていて、それがまたご飯に染み込んで、ずずーむしゃむしゃとなってしまうのである。丼いっぱいの鶏ぼっかけが、あっという間になくなった。

 これはいい。地元の家庭食、労働食という性格と、それにふさわしい簡便さ。簡便であっても素材の味を引き出す工夫も施されている。地元の調味料、ゆずこしょうとの組み合わせも文句なしである。やりようによっては立派なご当地グルメになるであろう。

 市内の数店で食べることができる。

酒屋に酒をキープ
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酒屋に酒をキープ

 夕方近くになった。久留米に戻る。今夜も角打ちである。要するに豆さんが好きなのである。ホームグラウンドなのである。

 今夜の舞台は「酒のしんや」。「立ち飲み営業中 午後4じから」の電光看板が渋い。「時」ではなく「じ」であるところも良い。

 やはり久留米の角打ちは東京の酒屋飲みとは違う。というのも、この店は量り売りをしない。地酒なら4合瓶とか1升瓶で買うのである。コップ酒で1合も可能だが、私たちは4合瓶をいただいた。

真ん中に白い線。これほしい
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真ん中に白い線。これほしい

 飲み切れなければキープができる。氷のキープもできるのかなあ。

 さらに、店にあるコップには真ん中に白い線が入っている。客が「半分」と注文すると、その線までついで出す。角打ち専用のコップであるらしい。このコップほしい。

 豆さんがゴボウチップを持ってきたけれど、私は用心して食べない。空酒である。その夜はおとなしくお開きにしたのであった。

 東京に戻る朝、思い立って太宰府天満宮に参詣した。ところが日曜であることが関係しているのかいないのか、参道と境内は中国語圏になっている。中国語圏から脱したと思ったらハングル圏になる。たまに日本語が聞こえてくるとほっとするほどであった。

 アジアの友の皆さん、せっかく来たのだから、たくさんお金を使ってね。

 初詣なみに混雑する本殿に向かって早々にお参りして、隣接する九州国立博物館を見学した私は、センチメンタル・ジャーニーの余韻に浸りながら、福岡空港に向かったとさ。

デスク 次週は再び宮崎県に戻ります。宮崎の食についてのメールをお待ちしています。そして、宮崎の次は福井県。こちらも、関係者の方はご準備をお願いします。


(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。



★今週のおかわりは「すいとんに映る炭鉱の暮らしと歴史〜デスク版福岡県実食編」です。ぜひお読みください。

福岡県編(その1) 鶏の乱舞にトリ乱す

福岡県編(その2) 死ぬまでサバを離さないぞ

福岡県編(その3) 「あぶってかも」は「うまかっちゃん」

福岡県編(その4) ひよ子だチロルだチロリアン


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年7月10日

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