番外編 もし水戸出身の男性ヒラ社員が埼玉銘菓の『五家宝』を食べたら(もしヒラ)


五家宝と吉原殿中
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五家宝と吉原殿中

 一芸です。番外編「埼玉県物産観光館『そぴあ』に行ってきました」に登場した熊谷の銘菓「五家宝」。もち米を水飴で固めたおこしのような菓子ですが、とても柔らかく、きな粉をたっぷりとまぶしてあるのが特徴です。噛(か)んだ時の歯ごたえが独特で、噛もうとする力を微妙に吸収しながらやんわりとつぶれていきます。

 この埼玉の五家宝によく似た菓子が、茨城にもあります。水戸の銘菓「吉原殿中」です。

 水戸育ちの自分は学生時代、東京に出てきて熊谷の友人に五家宝を教えられました。「これは吉原殿中だろう?」と反応したものの、周囲から同意を得られず、そこで初めて吉原殿中が水戸だけにあるものだと知ったのです。以来、五家宝と吉原殿中の関係がずっと気になっていました。

 そこで、今回はこの課題について真剣に考えてみることに。まさに自分に五家宝を教えてくれた、現在大学の先生になっている友人を招いて繰り広げた「五家宝談義」の模様をお届けいたします。ちなみに静岡県実食編で掲載した「もしヒラ」との連続性はありません。

先生(せんせい)

埼玉県大里村(現熊谷市)出身。学生時代は寄席演芸研究会に所属し、三代目天庵亭写楽斎を襲名。現在は都内の複数の大学で教鞭を執る。専門は日本政治思想史。

一芸(いちげい)

茨城県水戸市出身。学生時代はおニャン子クラブを愛し、モーニング娘。を経て現在はAKB48を愛する。峯岸みなみ推し。

 

第1章 まずは食べてみよう

◇1月某日 都内某新聞社会議室にて

五家宝。直径は2cm、全長は5cmほど。
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五家宝。直径は2cm、全長は5cmほど。

一芸「今日は五家宝の話だ。」

先生「うむ。」

一芸「以前も話したが、五家宝とは吉原殿中のことではないのか?」

先生「いや、違う。五家宝は五家宝だ。」

一芸「そう言うだろうと思って、きょうは五家宝と吉原殿中を用意した。食べ比べてみようではないか。」

先生「望むところだ。どうれ、吉原殿中とやらをいただこう――」

一芸「ふふん、五家宝敗れたりだな。」

先生「何だと?」

一芸「君が今食べる前にはがした半透明の幕。これはオブラートといって、そのまま食べることができるのだ。」

先生「オブラートぐらい知っておるわ!」

吉原殿中。直径は2.5cm〜2.8cm、全長は7〜8cmほど
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吉原殿中。直径は2.5cm〜2.8cm、全長は7〜8cmほど

一芸「ならばなぜはがした!」

先生「五家宝にオブラートは付いていないからだ。」

一芸「オブラートを使わないとは食べる人の気持ちを分かっていない証拠。銘菓が聞いてあきれるわ。」

先生「ふっ、分かっていないのは貴様のほうだ。五家宝の大きさを見ろ。おおむね全長5センチほどだろう。上品に食べても二口ほどで食べきれる。食べる手間がかからないから、指にきな粉がつくとしてもさほど問題にはならない量だ。オブラートなど必要ない。」

一芸「むう。確かに吉原殿中は全長7〜8センチほどで五家宝より一回り大きいな。」

先生「ぎゃふんと言うのはまだ早いぜ。そもそもオブラートで包むというのは、和菓子として反則ではないのか?そのようなものに頼らず、大きさや表面の加工を工夫して食べやすくするべきではないのか?」

きな粉ではなく、青大豆を使った五家宝。豆の風味がきわだつ
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きな粉ではなく、青大豆を使った五家宝。豆の風味がきわだつ

一芸「し、しかし、すべての吉原殿中がオブラートを使っているわけではないぞ。」

先生「だったらなおのこと、本質的な長所にはならないということだ。まあいい。食べてみよう。」

一芸「――どうだ?」

先生「――うまいな。というより五家宝と同じだ。独特の食感もな。この大きさも食べごたえがあっていい。オブラートで手が汚れないのもイキなはからいじゃないか。」

一芸「私も五家宝をいただこう――確かに同じ味だ。他の店のも食べてみよう。うん、それぞれ味や食感に多少の違いはあるが――」

五家宝の太巻(上)は切り分けて食べる。下は通常の五家宝
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五家宝の太巻(上)は切り分けて食べる。下は通常の五家宝

先生「同じものだと言っていいだろうな。」

一芸「そうだ、五家宝は熊谷だけではなく加須にもあると聞き、加須の五家宝も用意してみた。これはどうだ。」

先生「おう、ずいぶんとやわらかいな。食感だけで比べたら、熊谷の五家宝は、加須の五家宝よりも水戸の吉原殿中に近いかもしれん。」

一芸「確かにやわらかい。もう一度熊谷の五家宝を・・・今度は吉原殿中を・・・ああ、やはり一番うまいのは吉原殿中だな。」

先生「おいおい一芸氏、今君が食べているのは五家宝の『太巻き』だぜ。」

 

第二章 元祖はどっちだ

一芸「次に、五家宝の歴史についてだ。」

先生「うむ。」

一芸「ここに資料がある。埼玉県立歴史と民俗の博物館に保管されていたものだ。1997年、当時の埼玉県立民俗文化センター(現在は上記博物館に統合)が主催した「民俗工芸の公開」第96回に五家宝が取り上げられた。そのときのテキストだ。

これによると、五家宝の由来は諸説あり、次の6つに大別されるらしい。

(1)水戸説その1

水戸藩二代藩主、徳川光圀(1628〜1701)のころ作られた水戸の銘菓「吉原殿中」を参考に、群馬の菓子商人が「五ケ宝」を売り出した。この評判を聞いて、現在熊谷市になっている玉井村の高橋勝次郎が製造販売を開始した。

 

(2)水戸説その2

文政年間(1818〜1829)、水戸藩から忍藩に移り、その後武士から商人となった水野源助が中山道沿いに茶店を開き、そこで故郷の銘菓である吉原殿中を参考に「五嘉俸」を作って売り出した。

 

(3)群馬説

享保年間(1716〜1735)、現在群馬県邑楽郡千代田町になっている五箇(ごか)村の住民が初めて作り、地名にちなんで五箇棒と名づけて売った。

 

(4)茨城説

1850年ごろ、現在茨城県猿島郡五霞(ごか)町になっている五霞村の女性が、干飯に水飴で甘味をつけたきな粉にころがして食べたのが始まりとなった。

 

(5)熊谷説

現在熊谷市になっている奈良村の名主、吉田市右衛門が天明の大飢饉(1782〜1788)の際、倉が焼けたので焼き米を地域の人々に与えた。その後江戸から菓子商人を呼び、焼き米を使った干菓子を発注し、五家宝が誕生した。

 

(6)加須説

現在の千葉県北西部にある印旛沼のほとりで生まれた鳥海亀吉が、利根川をさかのぼり、現在の加須市である武蔵野国不動岡に移り住んだ。文化年間(1804〜1817)の利根川洪水に際し、干飯を蒸して、きな粉と甘味をつけ、棒状にした菓子を「五菓棒」として売り出した。

このうち、熊谷では(2)の説が、加須では(6)の説が有力、と資料にはある。

先生「それは確かだ。残念ながら、歴史的には五家宝は吉原殿中に一歩譲ることになりそうだな。何しろ(2)説に出てくる水野源助が、後に五家宝の代表的メーカーになる『水戸屋』の初代だ……む?どうしたんだ一芸氏、やけにテンションが低いではないか。ここは勝ち誇っていいところだろう。」

販売されている吉原殿中には、たいてい由来が添えられている
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販売されている吉原殿中には、たいてい由来が添えられている

一芸「実はな……。その前に、まず吉原殿中の由来を説明しておこう。これは定説がある。水戸藩九代藩主・徳川斉昭(1800〜1860)の時代、吉原という名の奥女中は、お供えに使った米を干飯としてたくわえていた。これを使って菓子を作り出したところ、日ごろから質素倹約を励行していた殿様に大変気に入られた。これが吉原殿中の始まりだ。」

先生「なるほど。その吉原殿中に慣れ親しんだ水野源助が、熊谷で『水戸屋』を始めたというわけだな。」

一芸「ところがそうはいかない。斉昭が藩主になったのは1829年。文政12年、つまり文政年間の最後の年だ。時間的に、水野源助が文政年間に『水戸屋』を開くことは、不可能なんだよ。」

先生「このエピソードが部屋住み時代だったという可能性はないのか?」

一芸「ゼロではないだろうが、若殿様が奥女中のふるまいを賞賛する、というのも考えにくい。」

先生「ならば『五家宝の源流が吉原殿中にある』という説は消えたということか?」

加須発祥説を紹介する看板
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加須発祥説を紹介する看板

一芸「そこまで言い切るつもりもない。考えられるのは2つ。まだ『吉原殿中』という名前ではなかったにしても、同様の菓子が水戸にあったかもしれない、ということだ。それならつじつまが合う。あるいはこれとは違う由来で、すでに『吉原殿中』という名前になっていたという可能性だ。」

先生「なるほど。」

一芸「真相は確かめようもないが、この話は後世になって作られた話という気もする。なぜなら、主人公が斉昭公だからだ。」

先生「どういうことだ。」

一芸「いま、自然に『斉昭公』と言ってしまったように、水戸では斉昭は光圀と並ぶスーパーヒーローなんだ。全国的には光圀の知名度が圧倒的だが、地元では光圀、斉昭はそれぞれ「義公、烈公」と並び敬われている。時代劇では最後の将軍・徳川慶喜の父、そして開国に反対する強行な攘夷論者として描かれることが多いが、水戸にとっては藩政改革を成し遂げた名君だからね。」

先生「英雄の逸話だけに、創作の可能性もあるわけか。」

一芸「これが光圀、斉昭以外の藩主だったら、逆にリアリティーがあるんだが。ただ、仮にこの話が創作だったとしても、吉原殿中の由来はこのエピソードでいいと思う。倹約がテーマになっているだけでなく、奥女中が出てくるあたり、艶福家としても知られたいかにも斉昭らしい話だからな。水戸の人の、斉昭への敬意と親しみが感じられるいい話だし、銘菓にこの逸話が添えられることで、名君の業績を広く伝えていくこともできる。」

水戸駅前の水戸黄門像

水戸駅前の水戸黄門像

先生「ふむ。しかし一芸氏、俺はその話を聞くまでもなく、五家宝の源流が吉原殿中にないことを証明する決定的な証拠をつかんでいるのさ。」

一芸「何だとッ!」

先生「聞いて驚くな。1985年に放送された『水戸黄門』第15部に、『悪乗り八兵衛若旦那』という回がある。」

一芸「ありがちなタイトルだな。」

先生「この話の舞台は熊谷。そこで何と、五家宝の店の対立が描かれているのだ。」

一芸「何いイイイッ!光圀の時代にすでに五家宝があったというのかあああっ!」

先生「しかも、そこで光圀は五家宝を見たとき『これは吉原殿中ではないのか』という疑問を呈していない。つまりッ!五家宝こそ吉原殿中のオリジナル!時空をも超える銘菓!頭が高いわ!」

一芸「へへーっ。」

 

第三章 そして未来へ

一芸「そもそも、熊谷では五家宝を日常的に食べているのか?」

先生「今はそれほどでもないが、昔は駄菓子感覚で食べていたな。きょう食べているような五家宝と比べ、より小ぶりで、表面はもう少し固く、きな粉ではなく砂糖をまぶしたようなものがスーパーでも売られていた。」

一芸「もっとカジュアルな五家宝があったわけだな。」

先生「埼玉北部は圧倒的な『粉食文化圏』だ。穀物の生産がさかんだから、きな粉の材料になる大豆、水飴の材料になる麦芽も豊富にある。それらを組み合わせた菓子が登場するのは、ある意味自然な流れだったのではないか。」

一芸「五家宝発祥の地が複数あるのもその影響か。」

五家宝の構造について、ホワイトボードを使い解説する先生

五家宝の構造について、ホワイトボードを使い解説する先生

先生「そう。熊谷市、加須市、群馬県千代田町、茨城県五霞町は3県にまたがっているが、実は地図で見ると非常に近接していることがわかる。熊谷市と千代田町など、利根川を隔てて隣同士だ。同じような食べ物がそれぞれの地域で作られていた可能性は高い。『紅葉屋』のウェブサイトにも引用されているが、江戸時代の文人、太田南畝(蜀山人、1749-1823)は随筆の中で複数の地域の『ごかぼう』に言及している。」

一芸「だが、近いとはいえ江戸時代だ。名前が同じ『ごかぼう』に統一されていくほど情報の行き来があったのか?」

先生「熊谷は中山道の宿場町だったし、加須は中山道と日光街道を結ぶハブになっていた。それに利根川の水運もある。当時としては外部とのコミュニケーションが活発な地域だったと見ていい。」

一芸「そうなると、この一帯に『ごかぼう』と称する菓子がすでにあり、その商品化が進んでいったのが文化・文政期以降、という仮説が成り立つわけだな。『民俗工芸の公開』テキストによれば、五家宝が今のような形になったのは天保年間(1830-1843)だという。明治に入ると、製法も工夫され、さらに鉄道が開通して熊谷停車場で販売するようになって知名度が一気に上がったとあるな。」

先生「ひょっとしたら水野源助が熊谷で『水戸屋』を開いたとき、何らか水戸の製法を持ち込んで『ごかぼう』とフュージョン(融合)させたかもしれないし、当時はまだ江戸時代だから、御三家である『水戸』のブランド価値を活用した可能性もある。」

一芸「地域にもともとあった食べ物を工夫して商品化し、付加価値をつけて売り出す。B級ご当地グルメでまちおこしという活動は昔からあったわけか。」

先生「150年以上も取り組みが続いているのだから、大成功と言っていいだろう。しかし、大事なのはこれからだ。現在、みやげ物店などで売られているのは『紅葉屋』が多いが、かつて『紅葉屋』と双璧を成していたのが水野源助が起こした『水戸屋』だった。ドライブインも経営しており、観光客がバスでやってきて水戸屋の五家宝を買っていたものだ。しかしその水戸屋はもう廃業してしまっている。危機感は必要だろうな。吉原殿中はどうだ?」

一芸「デパートなどで購入できる吉原殿中は、『あさ川』『亀じるし』『井熊總本家』のいずれかである場合が多い。しかし、この3社はいずれも和菓子メーカーであり、吉原殿中専門というわけじゃないんだ。ほかに吉原殿中専門のところもあるが、規模は小さく、地元の人に支えられて頑張っている。」

先生「150年続いた伝統だ。200年、300年と続けていくためには、このあたりで追い風を起こしておきたいものだな。どうだ、五家宝と吉原殿中で共同戦線を張るというのは。元祖をめぐる論争を大いに盛り上げながら、互いの地域をアピールしようじゃないか!」

一芸「よかろう。我々の郷土の味を日本中、いや世界中に広める秋(とき)だ!」


また一歩、野望に近づいた

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