第246回 東京都編「私の上り列車」(その2) 武蔵野うどんを「肉汁」で

特別編集委員 野瀬泰申


東京都

 ふるさとを離れてからの異文化体験をお寄せいただく東京都編「私の上り列車」。東京へ初めて出てきたときの「おや?」から、神戸から上り列車で大阪へ通うようになったときの「ええ?」まで、皆様からたいへん多くのメールをお寄せいただいております。今週はどんな「!」が登場するのでしょうか。
 今週のおかわりは、日本海の味の魅力を探る福井県庁と福井県アンテナショップの共同企画「へしこの学校」の最新情報を、デスクがお伝えします
 食べBのFacebookページ(http://www.facebook.com/tabebforum)では、食べBの更新情報や裏話などをゆるやかに発信していますのでどうぞご利用ください(「食べB」へ初めて訪れた方は「食べB入門編」をご覧下さい記事の県別一覧はこちら

東京の夜景
<写真を拡大>

東京の夜景

 このテーマにするに当たって「どれくらいメールが届くだろうか」と思わないでもなかった。「いやきっとたくさん来る」と考えないでもなかった。結果は後者であった。載せきれないほどメールをいただいている。

 先週末、雑誌の取材で西伊豆に行ったのだが、その様子をご報告する余裕がない。早速、皆さんからお寄せいただいたメールを紹介する。

【いけずな京女さん】

ガード下の居酒屋(いけずな京女さん提供)
<写真を拡大>

ガード下の居酒屋(いけずな京女さん提供)

 思えば「食べ物 新日本奇行」の途中から乱入し、当時は「いけずな京女41歳」と名乗っていた私も53歳に。そしてまさに人生50年目にして、ふるさと京都を離れて江戸に下ることになりました。
 というわけでテーマは「私の下り列車」でしたよね?
 上り列車に乗ったら京都に帰ってしまいますさかい。と、あくまで最後まで逆らう京女です。
 東京での異文化体験、「水が違う!」から始まって、大きなことから細かいことまでぎょうさんありますけど。多くは「奇行」で語られていることなので省きます。
 実は、出張では感じなかった「異文化」を住んでみて実感したのは、実は「居酒屋」なんです。

牛すじ辛煮込み(いけずな京女さん提供)
<写真を拡大>

牛すじ辛煮込み(いけずな京女さん提供)

 もちろん京都にもチェーンの居酒屋から、個人店で居酒屋を名乗るお店もありますけど。東京でさまざまな居酒屋に行けば行くほど「違う」というか。学生やサラリーマンが酒の力を借りて騒ぐ場所ではない、お酒を飲むための場所なのね、と。
 京都では、外食でお酒を飲むことはあっても、お酒を飲みに外に出ることはありませんし。居酒屋的なお店で1人飲みしてる人も少ないです。
 しかし、ここ東京では、家で晩酌するように居酒屋で飲んでる人が大半。それだけでなく昼酒場がめっちゃ多くて、善男善女が当たり前のように昼酒してるやないかーい。そうそう、東京の居酒屋はオバサン1人、2人でも平気で入れるのもびっくりでした。

やかん酒(いけずな京女さん提供)
<写真を拡大>

やかん酒(いけずな京女さん提供)

 JRのガード下に居酒屋が集中してたり、「○○横丁」なる飲食店街があちこちにあるのも。
 京都では大衆食堂は学生や肉体労働者が腹を満たす場所ですが、東京では「せんべろ=1000円でべろべろに酔える」場所と呼ばれているのも。
 その謎を解くため、飯野亮一著「居酒屋の誕生〜江戸の呑みだおれ文化」(ちくま学芸文庫)を読んで納得。居酒屋て、もともとは酒屋のイートインやったんか!そして、花のお江戸は酔っ払い天国やったんですね。
 最近、あの「吉野家」までもが「吉呑み」を始めて成功しているのも、江戸時代より脈々と受け継がれた居酒屋文化にぴたりとはまったからなんでしょうね。

カレー厚あげ(いけずな京女さん提供)
<写真を拡大>

カレー厚あげ(いけずな京女さん提供)

 というわけで今では居酒屋文化にどっぷり浸かって休日は飲み歩いてますが(笑)まだまだ謎は多いです。
 牛肉食文化がないのに、どの居酒屋でも「牛すじ煮込み」を定番or看板メニューにしてるのは、なんで? 「ホッピー」「バイス」「ホイス」なる“焼酎を割る下町飲料”が東京にだけあるのは? 東京の「もつ焼き」はなぜ串焼きなのか、そして「カシラ」というおいしいけど謎の部位は何なのか。
 異文化探検、面白いですよね、うぃ〜ヒック。

立石の人気店は平日午後2時オープン
<写真を拡大>

立石の人気店は平日午後2時オープン

 なるほど、言われてみれば東京と京都の居酒屋文化、飲酒行動には微妙な違いがあるかもしれない。京都で朝から酒を飲んでいる人を見ることは少ないが、東京では下町、あるいは場外馬券売り場の近くでは昼酒が珍しくない。

 ところが大阪勤務時代、朝から飲む人の多さに驚いて、大阪生まれの先輩記者にその理由を尋ねたことがある。

「それはやな、江戸は武家社会やったさかい、昼から酒飲むいうのははばかられたわけやな。そこいくと上方は商人の町や。自己責任の町やさかい、朝から飲もうが昼から飲もうが勝手ちゅうことやな」

梅割り
<写真を拡大>

梅割り

 そのときはなるほどと思ったが、京女さんのメールを読むと、そうとばかりは言い切れないかもしれない。

 焼酎の割材が豊富なのは、働く人々が安い甲類焼酎で酔おうとする場合、そのままでは強すぎる、あるいは味気ないということで、割材を活用したのではないか。「梅割り」という梅の味がしないシロップみたいなものもあって、コップになみなみと注いだ焼酎に数滴たらして飲むのである。大人の味である。

「牛すじの煮込み」は最近のもののような気がする。伝統的なものは「もつ煮込み」であって、これが東京の大衆的な居酒屋の記号である。これしか置いていない飲み屋も、かつて新橋にあった。

森下にある居酒屋の看板メニュー
<写真を拡大>

森下にある居酒屋の看板メニュー

 通勤に使っている私鉄駅の前のベンチに、お年寄りが数人集まって朝から缶チューハイを飲んでいるところをよく見かける。老後をああやって過ごしているのであろうか。参考にしたいものである。

 東京のご当地グルメと言っていいであろう「もんじゃ」。それについてのメールも届いている。

【のんべさん】

もんじゃ焼き 土手を作って焼く
<写真を拡大>

もんじゃ焼き 土手を作って焼く

 私は関西出身なので、やはり黒い出し汁の温かいそばというのが一番印象的です。むしろ関東はそばの本場なのだから、これが正しいのだ、ぐらいのつもりで食べ続けています。
 勤務先の中央区界隈はとりわけ立ち食いそば屋がたくさんありますよね。そんなに時間をかけて食べるようなものではないけれど、お店ごとの違いを楽しんでいます。最近は讃岐うどんチェーンに押されてるのが残念です。
 もうひとつ東京にしかないものは、もんじゃ焼き。決して好きにはなれないけれど、東京でしか食べられないから、と関西からの出張者を連れて何度も月島に行きました。変わりもんじゃでチーズとか明太餅とかは多少喜ばれたかな。デザートもんじゃのあんことかバナナなんかも悪くないです。

「はがし」で押し付けながら食べる
<写真を拡大>

「はがし」で押し付けながら食べる

 適応しましたね。私も相当適応しているつもりですが、やはりもんじゃはどうもね。

 ところで立ち食いそばは東京の「働く人々」が築いた食の文化であろう。我が社の近所にはオフィスビル街で24時間営業している立ち食いそばの店がある。

 家で朝ご飯を食べる時間がなく、出社する前にずる。昼休みはどこの飲食店にも行列ができるので、立ち食いそばをずる。残業で夜中になったが店はみんな閉まってしまったので、そばをずる。ちょっと切ない。

 大阪の立ち食いうどんの店にも変化が。

【大阪の原さん】

伊勢うどんが進出(大阪の原さん提供)
<写真を拡大>

伊勢うどんが進出(大阪の原さん提供)

 写真は大阪の近鉄駅構内の立ち食いうどん屋のメニューです。大阪なのですが、伊勢うどんが進出。メニューボタンを見ると「黄色いソバ」(姫路のあれです)が進出。
 固有の濃い〜〜〜文化が市民権を得るのはうれしいような、でも、地域性が希釈され希少価値が減るのは悲しいような。
 コロッケうどんも既に進出していますが、春菊天やゴボウの天ぷらはまだ進出していないようです。

姫路の「えきそば」
<写真を拡大>

姫路の「えきそば」

 ゴボウの天ぷらは進出してほしくないものである。九州内にとどまっていただきたい。

 そのゴボウの天ぷら。

【福岡発鹿児島経由東京経由大阪着40代後半男性さん】

かごしま遊楽館の焼酎売り場
<写真を拡大>

かごしま遊楽館の焼酎売り場

 福岡で高校・予備校を過ごし、博多ラーメンの薫陶を受け、鹿児島へ南下し、芋焼酎の洗礼を受け、就職とともに上京した私にも、東京ショックが3つありました。1つ目はやっぱりラーメン。
 上京間もないある日、飲んだ締めにと、あるラーメン屋に何気なく入って頼んだラーメンを食べたとたん、それまでのいい酔いがあっという間にさめました。そう、黒いスープショックです。あの酔いのさめ方はただものじゃなかった。
 2つ目が芋焼酎ショック。私が上京した1992年ごろは焼酎ブームが起こる前。東京で焼酎といえば麦焼酎「いいちこ」の時代。しかし学生時代飲みなれた芋焼酎が飲みたくて東京中(ほんとは新宿中)探しましたが、芋焼酎がおいてある店は本格的な鹿児島料理の店が数店。新入社員が毎日行くには敷居が高く価格も高い。1年ほどで芋焼酎探しに疲れ果て、泣く泣く日本酒への道を歩み始めました。

福岡のごぼう天
<写真を拡大>

福岡のごぼう天

 しかし、そのおかげで日本酒にもはまり、いろいろと飲み比べ、いい経験になりました。妻と仲良くなるきっかけも日本酒好きで意気投合したからでした。
 3つ目は新入社員のときの最初の同期との飲み会。乾杯から終わりまでビールを飲み続けるという光景に、これまた目が真ん丸に。学生時代を過ごした鹿児島では、ビールは乾杯の1杯だけ、が暗黙の了解で、2杯目からは当然夏でも冬でも芋焼酎のお湯割りでした。これも食?の方言ですかねえ。
 そうそう、東京出身の同期に「ごぼうの天ぷらのうどんが美味しいんだ」と言ったら「ごぼうを天ぷらにするの? 信じられない!」とも言われましたね。
 芋焼酎にしてもごぼ天にしてもいまや東京ではまったく違和感のない食材になりましたよね。食の方言ってこういうふうに染め変えられるんでしょうか。

東京のごぼう天
<写真を拡大>

東京のごぼう天

 芋焼酎ショック以外はまったく同感である。

 東京でも昔からゴボウの天ぷらは食べてきた。しかしそれはゴボウを拍子切りにしてまとめて揚げたものであって、ピーラーで薄くそいだようなペラペラのゴボウを揚げた九州のものとは違っていた。

 ペラペラゴボウの天ぷらは、九州から出ないでもらいたいのである。

 食文化の違いは関西と関東のように離れていなくても存在する。たとえば大阪と神戸でも。

【ちりとてちんさん】

神戸・大阪を結ぶ阪神電車
<写真を拡大>

神戸・大阪を結ぶ阪神電車

 「私の上り列車」の最短は、社会人として「大阪」へ通勤するようになったことですね。 生まれも育ちも兵庫県(神戸市)。山と海に挟まれ、坂を下れば「南」、坂を上れば「北」。ぼぉ〜っと歩いていても、方角がわからなくなることはありませんでした。
 そんな、ぼぉ〜っと育った人間が「大阪」に出てまず驚いたのが、道行く人の歩くスピードの早さと、坂を上っても「北」ではないこと。
 さらに、カタカナで「キタ」と「ミナミ」と表記されると「方角」ではなく「街」あるいは「盛り場」を意味すること。
 駅前では、お出しのエエかほりが漂っていますし、食べもん屋さんが多く、時分時(じぶんどき)には、どこのお店も満員なのに、客の回転が早い。
 新入社員のころは、給料も少ないためお弁当を持参し、同期と一緒に会議室で食べていましたが、大阪育ちの同期はマシンガントークをしながら、食べるのが早い早い。しかも、こぼさず、キレイに食べていたのには「お見事」としか言いようがありませんでした。
 数十キロしか離れていない「大阪」と「神戸」でも、こうも違うものなのかと、社会人になって改めて感じました。

大阪駅といえば…
<写真を拡大>

大阪駅といえば…

 うん、確かに大阪の人は食べながらよくしゃべるという印象である。しかも必ずボケやツッコミが入る。ガハハでモグモグである。

 私はあの広い御堂筋が南行きの一方通行であることにびっくりした。

 足元の文化には気がつきにくいもの。以下はその好例かも。

【ミルフォードさん】

武蔵野うどん
<写真を拡大>

武蔵野うどん

 東京生まれ、東京育ち。47都道府県すべてに行ったことはあるものの、住んだことがあるのは東京都、茨城県、神奈川県のみという関東ローカルな私ですが、「食べ物 新日本奇行」そして「食べB」のおかげで日本の食の不思議さ、奥深さに出合い、惹き込まれ、今日に到っております。「食の方言」「境界線」「飛び地」、ああ、もうたまりません。一生の楽しみです。本当に、本当に、ありがとうございました。
 そして、「食べ物 新日本奇行」がきっかけで、わがふるさと武蔵野台地に「うどん」文化が広がっていることを知りました。恥ずかしながら、大学卒業までの22年間、「うどん」の存在を気にしたことはなく、親から聞かされたこともなし(先祖代々の地ではないこともありますが)。

武蔵野台地は小麦文化地帯
<写真を拡大>

武蔵野台地は小麦文化地帯

 多摩地域から埼玉県にまたがる武蔵野台地は、関東ローム層に覆われており、米より良質な小麦の生産が盛んであったことから、小麦文化地帯となっており、各家庭でうどんを打つ習慣があったと聞いたときは「なるほど!」と大いに納得したものです。
 武蔵野台地の西端に近い武蔵村山は、かつて織物の町として栄え、地方から若い女性が住み込みで働きに来ていました。嫁入り前の大事な娘たちを預かる経営者たちは、親代わりとして地元の生活習慣や料理を教え、うどん作りはその代表でした。
 村山に嫁にくることが決まれば嫁入り道具に「伸し板と伸し棒」も持って来たとか。村山周辺では、冠婚葬祭、盆暮れ正月には、うどんを打ってもてなす風習が今でも根付いています。
 実際に村山うどんの店を訪ねてみたのは、「食べ物 新日本奇行」の連載が始まった後でした。持ち帰り専用の窓口があり、ひっきりなしにうどんを買い求めにくる人々の姿を見て「これぞまさに『食の方言』」「わが地元にもこのような文化があるんだ!」となんだかうれしく思ったものです。

武蔵野うどんは手打ちが基本
<写真を拡大>

武蔵野うどんは手打ちが基本

 武蔵野うどんは私にとっても衝撃的であった。広さから言うと、東京と埼玉に香川県臨海部に匹敵するうどん地帯が広がっていたからであった。それも地粉を使うので、うどんはかすかに黄色みを帯びており、その腰はさぬきうどんに負けないのである。

「かけ」ではなく「ざる」スタイルが基本で、豚肉や季節の野菜がつけ汁に入ったものを「肉汁」、何も入っていないのを「かつお汁」と呼ぶことにも驚いた。

 かつて「村山紬」で知られた武蔵村山市に行き、2玉スタートが標準の手打ちの店で1玉食べたが、おなかが一杯になった。ついでに書くと、武蔵村山市は東京で唯一、鉄道の駅がない市である。

肉汁うどん
<写真を拡大>

肉汁うどん

 先日、西伊豆に行った折、清水の「河岸の市」で「清水もつカレー」のポスターを見た。

【森さん】

静岡おでん
<写真を拡大>

静岡おでん

 私が郷里の清水市(現静岡市清水区)を出て千葉の大学に進学したのは1985年。
 当時は「静岡おでん」などという言葉は聞いたことがなく、よそよりもおでんをよく食べる、なんてことを意識もしませんでした。でも、小学校前に屋台のおでん屋さんがやってきて、子どもらが群がって1本20円くらいでちくわとかはんべとかコンニャクなんかを食べてたけど、それも、よそにはないとは思っていませんでした。
 そんなふうにおでんが身近にあった少年時代だったのですが、赤塚不二夫さんの描く「ちび太」のおでんが不思議でしょうがなかったのです。串に刺してある、あの丸いものはなんなのかしら、と。

つみれ
<写真を拡大>

つみれ

 それが、上京してわかりました。「つみれ」っていうものなのでした。
 清水では、青魚のすり身は整形して「黒はんべ」(黒はんぺん)にして食べるので、つみれは見たことがなかったのです。
 まあ、だからといって、誰かに話すということもないままに、ああ、もう上京して30年になるんだなあ。
 高校卒業までしか郷里にいなかったので、もつカレーだとか、金田食堂だとか、そういう銘品名店と縁がないのが、残念です。
 ここまで書いてから、念のためキーワード検索「赤塚不二夫 おでん」をかけたら、なんと、あの丸いのはがんもどきだというのが多数説。がんもどきにしては小さすぎるだろう…。

パン屋の片隅でおでんを買う
<写真を拡大>

パン屋の片隅でおでんを買う

 静岡市民はいまでこそ「おでん」を意識しているが、30年前は決して特別なものとは考えなかったと思う。小学校の前におでん屋台がやって来ても、パン屋の片隅でおでんを売っていても、全国どこにでもある光景だと信じていたのである。

 これこそ「食の方言」である。方言と気がつかないほど強固な方言なのである。

 今週はこれまで。「上り列車の物語」もあと1回を残すだけになった。

 次々回は「みんなで東京実食の旅」リポート。その次が「さよならパーティー」リポート。そしてジ・エンドである。


(特別編集委員 野瀬泰申)


電子書籍「文学食べ物図鑑(上)」発売

文学食べ物図鑑(上)

 文学作品にさりげなく登場する食べ物や食事の風景。そこには当時の世相が映されている…。

 毎週日曜日、野瀬が日本経済新聞本紙に連載している「文学食べ物図鑑」が電子書籍になりました。

 本書(上)には、1〜11回を収録しています。お求めは、日経ストアから

 今後、(中)(下)も出版予定です。ご期待ください。


★今週のおかわりは「へしこをおいしく食べよう」です。ぜひお読みください。

東京都編「私の上り列車」(その1) トンカツにカラシをつけますか?

東京都編「私の上り列車」(その3) おしまいです

東京都実食編 武蔵野でうどん、都心の老舗、下町は商店街


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年12月4日

【PR】

【PR】

【PR】

大人のレストランガイド

大人のレストランガイド

NIKKEI×ぐるなびが提供する、大人のためのグルメガイド。接待や会食、ビジネスシーンなどにおすすめのお店情報をご紹介。

ぐるなびWoman

ぐるなびWOMAN

女性のための女子会・デートのグルメ情報サイト。おすすめのレストランや居酒屋をこだわりやシーンに合わせて検索できます。

ぐるなびWedding

貸切パーティコレクション

企業向け貸切、OB会etc… 少人数〜大人数でも貸切OKのレストラン

結納・顔合わせ

特別な日を過ごすための完全個室のお店情報や、マナー・段取りまで

このサイトについて

日本経済新聞社について